いけ国「比喩表現」

子どもたちに限らず、現代人が苦手らしい「比喩」。
あるモノやコトを、別のモノやコトで表現するのが比喩。
基本的には特殊なこと・解りにくいことを、一般的なこと・解りやすいことで言いかえること。
例:「Aってさ~、芸能人のBに似てるよね」
ことわざやたとえ話も大きな意味で比喩表現。

なんでこんな言い回しがあるのかと言えば、直接言うよりもイメージやニュアンスが伝わりやすいから。
世の中で比喩表現は一般的な表現として定着しているものもあるし、けっこうみんな無意識に使っているはず。

比喩表現には大きく分けて「直喩(明喩)」と「隠喩(暗喩)」があります。
他にも細かく分けるといろいろあるらしいけど、省略。

「直喩」は「○○のような××」とか「○○みたいな××」とかの言い方をし、「たとえ」(○○のような)と「たとえる対象」(××)がはっきりとあるものです。
「鬼のように怖い先生」とか、「ヒョウタンみたいな形」とか、「疾きこと風の如し」とか。
これを書いてて思ったんだけど、たとえに使われるもの(「鬼」、「ヒョウタン」など)自体がどういうものかということが、相手がわかっていなかったら意味ないんだよねえ。
「隠喩」は「ような」などを使わず、たとえているものをはっきり示さないものです。
白髪交じりで短髪の頭を「ごま塩頭」といったりする類。
これを直喩で言えば「ごま塩のように白黒の頭」とでもなるんでしょうか。

隠喩は「直喩ではないもの」全般に言うので結構範囲が広いです。
細かい分類では「隠喩」ではないんですけど、隠語など対象を別の言葉で言い換えたもの、寓話など物語全体で教訓を示すもの、擬人法などがあります。
永田町=国会議事堂とか、アリとキリギリス=働かざる者食うべからずとか、お天道様が見てるとか。
文学や絵画の世界で「心象風景」というものがあるのですが、心の状態を風景で表現することですね。
特に詩の世界では心象風景を含め隠喩が頻繁に使われるため、文字通りの解釈だけだと作者の意図が伝わらないことが多々あるようです。

比喩表現を理解できるようになるには、ある程度パターンを覚えることと、ひとつの言葉からあれこれ類推していける想像力を鍛えることでしょうか。
本当に言葉を文字通りの意味だけ(原義のみ)で表現し理解していったら、大変なことになりそうですね。

子どもたちは直喩で書いてあると「○○のような」とか「○○みたいな」とかで探せるんですが、隠喩になるともう理解できないですね。
イエスキリストもお釈迦様も孔子もたとえ話を駆使して深遠な教えを説明してきたんですけどねえ。

いけ数はある程度順番を考えてやってますが、いけ国に関しては完全に思いつきでやってるから、この先どうなるかわからないし、何をもって終わりにするかも決めてない。
何だろうな、日本語の文を読むのに必要なあれこれを書いていく感じですかねえ。
国語が得意だったわけではないので数学ほどキチッとしたものは書けませんが、「なんとなくこんな感じ」が伝われば。
一応、古文漢文も多少触れたいと思っています。
巨人倍増
花痴