赤い大公~ハプスブルグ家と東欧の20世紀

オーストリア・ハンガリー帝国を統合していた原理は、「愛」だった。「諸国民の春」と言われた革命の1848年に即位した皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の治世60年を祝う1908年の式典に参列していたロマンチックな心情を持つシュテファン大公は、男宝
魔根ポーランドの王になることを構想、息子たちにポーランド語を学ばせ娘たちをポーランド貴族に嫁がせる。彼の末の息子ウィルヘルムは父親の心情を受け継ぎつつも父や義理の兄たちへの反発から、そのポーランドに抑圧されていたウクライナ人に深い共感を抱き、ウクライナ王になることを画策する。第一次世界大戦末期、「ウィルヘルム大公連隊」の指揮官としてウクライナのロシアからの解放をはかる。だがそれは、ポーランドに肩入れする父と対立することでもあった。連合国はポーランド独立を支援するがウクライナを民族とは認めず、「ドイツ帝国主義のでっち上げ」と見なしていた。

第二次世界大戦前にはナチスに接近するものの幻滅、大戦末期には連合軍と通じて「ウクライナ民族主義者組織」のソ連に対する闘争を支援するも戦後、ソ連当局に拉致される。1918年に辿った道を逆に、王の都になるはずだったキエフに連行された彼は対ソ諜報活動や「ウクライナ王になろうとした廉で懲役25年を宣告され、獄死する。

本書はソ連崩壊後、ウクライナ独立を果たした後の2008年で終わる。ウィルヘルムが1918年に兵を率いたリヴィウ市には彼のウクライナ名「ヴァシル・ヴィシヴァニ」を冠した広場がある。だが、その由来を知る市民は少ないという。黒倍王
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