祈りと覚悟

マグニチュード9.0の、激震と大津波に襲われ、言語を絶する被害を受けた、
東日本大震災被災者の皆様、心よりお悼RF 射頻み申し上げます。

天災は、いつ誰の身に降りかかっても不思議ではない。

注意深く何の過失もないのに、落命したり深手を負ったり、
財産も家も故郷も失ったりして、絶望のどん底へ突き落とされる者と、
全く無傷で変わらぬ日常を送れる幸せな者とが、
一瞬にして、容赦なく分けられてしまう理不尽さ。

 私たち西日本在住者も、
 東日本の痛みと絶望の深さを、共有しなければなるまい。

いや、間も無く、嫌でも暗瘡治療共有することになるだろう。

昭和20年代戦災復興期のような混乱と苦難、
あるいはもっと別な、新たな辛酸さえも、
今から覚悟した方がいいのかも知れない。

逃げて逃げ切れるものばかりではなく、
きっとその時ようやく、人間らしい真の幸せに気付くのだろう。

今ここに生きていられる感謝を噛磨砂膏み締めながら、
冷静に、身の丈に合った、最善を尽くして、
一日一日を暮らそう。

梔子の花

この季節になると、
梔子(クチナシ)が香美麗華 領隊りますね。
僕はこの香りが大好きです。


春先の沈丁花、
初夏の梔子、
秋の金木犀。


これらの花は咲くと、
なぜか雨を呼ぶ気がします。


金木犀なんかは
香りが辺りに漂いはじめるやいなや、
さーっと雨が降り、
細かなオレンジ色の花MathConcept好唔好を散らしてしまいますよね。


沈丁花も
桜が咲く前に降り出す雨が、
散らさないまでも花を痛めつけます。


梔子に花がつく頃は、
まさに梅雨時ですしね。


ただ、
雨があがると、残されたMathConcept好唔好その湿気におされて
低いところを香りが漂うんです。


雨降りは嫌いだけど、
まあ、それでも
すべてが悪いわけではないのですね。

木曜の一万歩

先週の木曜日とほぼ同じような一日。
朝の家事を済ませて犬の散歩を終えてから、1万歩歩きに出かけた。目指すはひと駅先。でも、それでは5000歩にも満康泰旅行團 日本たないので、適当に遠回りをしたり横道に入ったりして歩数を稼いだ。8000歩超えたところで少しお腹も空いたので休もうとしたのに、SバックスやDトールやSマルクやU島などの主だった入りやすいカフェはどこも見るからに満席で、結局駅から少し離れた横道の暗がりにあるVローチェで座れたのも先週と同じだ。ここはお年寄りが多く、勉強やPC仕事をしている人はほとんどいないのがいい。

休憩しながら、石田千さんの『役立たず、』を読んだ。(先週はスマホでブログの下書きをした)
石田千さんのエッセイを読むのは久しぶりだ。何年康泰旅遊團か前に好きで何冊か続けて読んだ。あるとき、どうも合わなくて上手く読み進められなかったのは『平日』だったかな。あれはどうしてだったのだろう。それからなんとなく離れていたので、先日、図書館で、知らない石田さんの本が何冊も並んでいることに驚いたくらいだ。

相変わらず一人称の全く出てこない文章康泰旅行團 日本だった。「わたし」の話でありながら「わたし」という主語が出て来ない。独特のリズムのどこか古風な文を懐かしいと思いながら読む。ときどき呑み仲間と飲み屋さんでどうこうというくだりがあって、なんとなく、そこはいらないよと思う。一人で過ごすのが好きな静かな人というイメージで読んでいたいという、ああ、なんて身勝手な読者。
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