知恵を磨く冒険の勧め・・・

行方不明の男の子が無事、発見された、よかった・・・
徳国公牛
それにしても一週間もの間、よく辛抱したものだと感心する

私にも迷子で大顰蹙をかった子供時代がある

記憶では、上野動物園で姿を消し

東京駅では構内の大捜査の大事件まで引き起こしている

特に上野駅での探検は鮮明に覚えている

機関車の並ぶホームから精力剤販売店降りて身近に見て回った、そしてホームに戻れなくなり歩いていると、ホーム下の地下廊下に出て、様々な作業着が並ぶ詰め所に入る

すると駅員さんの子供と間違われ休憩室に連れて行かれた、ちょうど仕事終わりの作業員が入る大きなお風呂があり

「坊主、お父さんが上がるまで一緒に入ろうか・・・」と大勢の大人と一緒に入浴した覚えがある

ホームでは上野駅総出の捜索が始まっていることなど、露知らず
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きっと親父は一人、おろおろしていたに違いない

そして湯上りの坊主は大勢の駅員さんに拍手で迎えられ、無事発見された

頑固親父だった父親は、上野駅には足を向けて寝られないと、よく言っていたことを思い出す

中学時代には修学旅行中に、どうしてもナイターの野球観戦したくなり、一人晩飯前に宿舎を抜け出し、後楽園に駆けつけた

後先を考えない鉄砲玉と揶揄された子供時代

「お前には腰に縄を結び付けておかなくては・・・」

よく先生にお小言をもらったセリフ

当時の子供たちは野生的だった、木登りなど平気で7~8mまでのぼり蛇と鉢合わせしたり、蜂の巣を蹴落とし体中を鋭く刺されたり
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まるでターザンに成りきっていたのかもしれない

ボーイスカウトに入団しロープワークを覚えたり応急処置や野外活動に熱中したのもその頃だ

飯ごう炊飯には自信があった、特に野営地で現地調達する食材集めは得意中の得意、何のことはない遠くの畑に忍び込んでくすねて来るのである

野菜にしても果物でも調度食べごろを見極める能力は、その頃の経験かもしれない

現代では自然の中で経験できるものが極端に少ない、子供たちにとってこんな不幸なことはない

マッチすら使えない子供など考えられない、私は子供のときから雨にも強いマッチを手作りしていた、ローソクの蝋を塗って水濡れに強いマッチを常に携帯していた

そしてボーイスカートのスカーフリングを手作りするため切り出しナイフは必需品のひとつ

手作りの木製リングはインディアンの酋長をモチーフにした自慢の一品だった

ことのほか私の子供時代が特別だった訳ではない、当時の腕白は皆、同じような体験をしている

擦り傷、切り傷など怪我のうちに入らない、媚薬販売店骨折して初めて医者に連れて行かれる、まったく当時の親も悠長だったのだろう
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