“愛”という文字だけが読めない人

このニュースを含め、それぞれの家庭こそが扉を隔てたカルトであることを知る。最近読んでいる、あらゆるカルト宗教を紹介した「救いの正体」(宝島文庫)の中、いびつすぎる家庭内の異様さから逃げ出した先が新興宗教だったというエピソードが紹介されていた。触れたことがない信仰だったが、個々の修行を尊重してくれたこと、父性を漂わせる(たとえ体型や雰囲気だけだとしても)尊師と呼ばれる絶対的な存在があったことが、怪しい物品を売らされたとしても、それはそれでよかった。親から離れることこそ、絶対的な服従を刷り込ませ、理不尽な痛みも悲しみ、矛盾を、服従の中で引き受けなくてはなくてはならなかった家庭から抜け出せる場所を与えてくれたのだ。その後、家庭は子供を拉致監禁するなど、新興宗教も恐れるほどの強引な奪還する手段を展開する。読んでいるごとに、あらゆる人権を直接的でなくとも否定して誘導していく家庭と、比較的自由な宗教団体、どちらがカルトかわからなくなってくる。

この事件を通じてもだが、自分の命ではない、完全に別な人間である子供に言葉はもちろん身体的暴力を加えることはどう考えても子供は親の所有物という意識があるのだろう。最近身近なきらきらネームを通じても、一生、親の趣向を通じて子供を支配しようとする「絶対的所有物」の構図が浮かんでくる。

そんな中、頭をよぎる一本の映画。それは全米で女性を中心に300人以上を殺害し、世界的にもっとも有名なシリアルキラーの1人で、トマス・ハリスの作品に登場するハンニバル・レクターのモデルの1人とされる実在の連続殺人者ヘンリー・リー・ルーカス、彼を描いた映画「ヘンリー」(1986、米、ジョン・マクノートン監督)がある。
事故で両足を奪われたアル中の父親、売春婦の母親の間に生まれたヘンリーだったが、母親はともに売春が出来ると考えていたため女児の誕生を望んだ。 母親はヘンリーを女装をさせたり、殴りつけたり児童虐待の数々を繰り返す。何よりもそれは、母親自身の人生への呪いを所有物である子供に共感させるためだった。「お前は死ぬまで私の奴隷」「あんたは悪魔から生まれた生き物なのだから、当然あんたは悪魔なのだ。腐ったろくでなしとして生きてもらう」「あんたはこの世に地獄をもたらすために生まれてきた」と罵倒し続けたという。

結果、女性を殺害しなければ性的に満足できない男、「刑務所から出たら俺はまた人を殺してしまう」と訴えたにもかかわらず刑務所収容数の増加から釈放された男・ヘンリーは、自称3000人、把握されているだけで300人以上を殺害する連続殺人鬼が生まれることになる。
威哥王
催情薬
媚薬 販売

それ,特別じゃないから……

女子から真っ先にもらえると「俺って特別!?」と嬉しくなる連絡

こういうのは特に,「特別な人」に対する行動でもなくて,普通に親しい人には普通だと思う。
つまり,社交術のひとつ。

じゃ,本当に「特別な人」には,どんなことを言ってくるか?
……それは言えません。
その人にしか言えないようなことを明かすのが,「特別な人」なんだから。
お互いに口外しないのも,不文律。

それから,どうでもいいことでも安心してメールが送れる異性って,やっぱり,自分の親しい人だと,送り主が認識している(自覚しているかどうかは,分からないけど)から,そっちのほうが,ある程度の目安になるんじゃないかなぁ……

つまり,日常の中で,何かあった時に,ふっと,その人を思い出す,と言うこと。
伝えたい気持ちを素直に伝えてくれていて,それを受け止めてあげる優しさがあれば,それでいいんじゃないのかな。

そういう,他愛もないやり取りが気持ち良く出来る関係って,いいと思うけど。

それ以上の,さらに親しい関係に踏み込むかどうかは,2人の間で決めてくださいな。

逆に,こういう気楽な関係の無いところに,恋愛の話を持ち込むのは,けっこう大変だと思うよ。
恋愛関係になったとしても,日常を気持ち良く過ごせることが,いちばん大事。

なので,連絡内容に関して,無意味な詮索や過剰な期待はしないほうがいい。
日常を気持ち良く過ごすためにも。
威哥王
媚薬 販売