サラエボからロンドンまで

イギリスのEU離脱により、再びヨーロッパはバラバラになることが、ほぼ決定した。かつて辛うじて英国残留派が勝ったスコットランドでは、連合王国を離脱してEUに加盟すべしとの意見が力を持ちつつある。
黒倍王
102年まえの今日、サラエボではオーストリア皇太子夫妻が暗殺された。ヨーロッパは、同盟関係の連鎖から世界大戦へと突入する。危機はオスマントルコ帝国の衰退から始まっていた。独立したセルビアをロシアが後押しする一方、ボスニア・ヘルツェゴビナを併合し、クロアチアを領内に抱えるオーストリアはセルビアをも帝国に取り込もうとしていた。またガリツィアのポーランド居住地をロシア領まで拡大しオーストリア帝国に属するポーランド王国を作る計画もあった。だが敗戦で全ては終わった。12の民族を擁していたオーストリア帝国は解体されバラバラになり、小国が乱立。しかし、民族自決の美名の下生まれた国々の安全を保障し平和のうちに発展させる仕組みは上手く働かず、ソ連とドイツの草狩り場となり、第二次世界大戦後は殆どがソ連の勢力圏となってしまった。

なんとか、戦争が起こらないような体制を、ということで構想されたヨーロッパ共同体は、冷戦終結により目的を達成したかに見えたが、人の移動の自由化は、元々の労働者にとっては賃金の低下を意味していた。彼らの反発がイギリスのEU離脱の原動力になった。

サラエボから始まったことが、再びロンドンから始まろうとしている。暴力ではなく民主的手段によって、だが、結果が穏やかなものになるとは思えない。紅蜘蛛
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