恋愛という名の宗教

相手から
自分という存在を認めてもらい
好きになって貰う

私はこれまで
そんな事で幸せの度合いを図っていた

実はそうではなくて
相手の事をどれくらい好きなのかで
自分の幸せの度合いが変わる

好きになればなるほど
不安や切なさが大きくなるけれど
それを上回るだけの好きでいられたら

それはもう本当に幸せ
初めはお互いに夢中だから
何も考えずに
ただ好きという気持ちだけが
芽生えるけれど
時間の経過と共に

『好き』
から
『ずっと好きでいてもらいたい』
そんな欲求が生まれて
その為に
我慢をしたり
気持ちを抑えたりする

相手から貰う幸せも
嬉しいのだけれど

貰うモノは
もっともっとと
欲求するのが人間

足りないと感じて
そこから
ネガティブな発想が
出てくるのだとしたら

自らが好きなことで得られる幸せを
見つける方がより大きく長くなる

そう考えれば
答えは簡単

『好き』

を並べていけばいいだけ

呪文の様に唱えれば
いつのまにか
不安よりも幸せな心で満たされる

恋愛はまるで何かの宗教団体
お相手は教祖さま

そう考えたら
信者の私は
毎日とても幸せ
紅蜘蛛
威哥王
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