クリーピー 偽りの隣人/まだまだ行くの?

冒頭、取調室の窓にはまった格子の隙間に「西島秀俊」「竹内結子」「香川照之」のクレジットが隙間一つに漢字一つといった按配ではめこまれていく端正と几帳面にうつつを抜かしかけた頃、「監督 黒沢清」のクレジットがまったく格子をはみ出してふっとあらわれる変調に心はざわめいてしまうわけで、そもそもが現実の面会室に即したセットを組むことなどいくらでも可能なところが、陽のさんさんと降り注ぐ開放的とすら言ってもいい空間を取調室と言い張る上に、野上(東出昌大)がオートマティックを取り出す保管庫はもはや廊下におかれた靴箱にしか見えず、黒沢作品では既になじみと言ってもいいこの“警察署のような何か”を続けざまに浴びせられた時点で既に気は遠くなっている。何より今作において明白なのは、ワタシ達がいつもながらにコレジャナイと呟いた世界の様相を涼やかに留保することなく、そう、世界はコレジャナイんだと返答していたことで、黒沢清の見立てた世界はこれほどまでに傾いでいて、しかしすべての主人公達はこれまでずっとその世界を必死になって時には命がけで立て直そうとしてきたことを、その答えが高倉康子(竹内結子)の世界を絶縁するような絶叫だったとしても、まったくあきらめることをしないからこそ地獄に堕ちる時ですら切なさを宿しているのだということを、だってそれ以外に人間ができることなどないじゃないかと問わず語りに告げていたように思うのだ。したがって、今作は傾いだ世界をいかに自明とするかという注力が清冽ですらあるわけで、草木はいつにもまして風向きの読めぬ風にねぶられ、仮初めの境界たるカーテンやビニールシートはいつになれば我が身が定まるものかといっそう烈しく身悶える一方で、ガラスの向こうで繰り広げられる音のない喧噪はこちら側こそが彼岸であることを映しているかのようである。「あれは鬼です。一見ふつうに見えるけど人の心は持ってないですよ」と高倉(西島秀俊)に告げ口する田中を背後から睨む西野家の門柱は一瞬憎悪に身じろぎすらしたように見えはしなかったか。その直截的なメタファーなど思い出してみれば、西野の差し出す拳銃の銃身を両手で慈しむように包み握りしめる康子の破滅的なエロティックは黒沢作品の更新ではないのか。「これがあんたの落とし穴だ」という高倉(西島秀俊)の捨てゼリフがまったく痛快も快哉も呼ぶことをしないのは、自身も含めた全員がとっくに穴の底へ落ちていることに気づいていないからだし、高倉が傾いだ世界の角度を見ぬいたつもりでいられるのは、自身もまた西野のように傾いだところのある人間だからに過ぎず、康子があきらめていたのはその傾いだ角度に自分を修正する試みであったことに他ならない。地下室における康子の背信はそのことにどこまで行っても気づくことがない高倉(「たまにいるんだよ、あんたみたいな人」)への愛と絶望の両極が仕向けた捨て身であったからこそ、クッキーを高倉の口元に運ぶ康子は一瞬とはいえ満ち足りたひとときを得たのではなかろうか。言うまでもなく黒沢作品において世界を立て直す試みに我が身を捧げるのは女性たちであり、康子もまたその闘争に殉じた一人なのは間違いがなく、ひとり結晶のような静謐に閉じこもった西野が去ったことで康子は声を取り戻したけれど、その声でいくら自分が叫んでもそれは傾いだ世界の漆黒にずれた隙間に消えたまま夫には届かないその絶望が絶叫を呼んで、少しくらい世界に悲鳴をあげさせないと君たちは自分の足下を確かめないだろう?と監督は少しだけ得意気に微笑んだように思うのである。それにしても藤野涼子である。幾度となく香川照之の直撃をくらって吹っ飛んだり立ち尽くしたりしつつ、出演2作目の16歳がそれにことごとく受け身をとっているのである。そしてこの女優は死体を真空パックすることの意味と都合を“わかって”動いている。しかもその作業に手慣れてしまった透明の哀しみすら漂わせてである。彼女のハードボイルドな資質は都市型の監督から今後もてはやされはずだし、遅かれ早かれ塚本晋也の作品に出ることにもなるのだろう。広瀬すずの圧政に苦しむかと思われた日々のまさにジャンヌダルクである。怪優モードを嬉々として遂行していた香川照之がラストのシークエンスで屋上から望遠鏡で次の獲物を物色するシーン、CGを使わずにあれほど人の顔は歪むのだという事実に感動すらおぼえたことも忘れず記しておきたい。謎の炒め物、謎のシチュー、謎のクッキーも最凶。
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