何度思い出して

結局、あの後、幸子は作業場にしばらくいて、口数も少なに作業に没頭する俺の様子を眺めるだけだった。
高校を卒業して、俺は陶工の親父のもとに弟子入りし、そのまま地元にとどまり、一昨年引退した親父の跡を引き継ぐ形で、今もこの工房を切り盛りしている。
一方、幸子は、東京のデザイン系の香港短租公寓専門学校に進み、そのまま東京に残ってデザイナーの仕事をしていると聞いている。
あいつ、去年はなにをしに来たのだろうか?
俺の顔を見にきたのは確かだろう。でも、なんのために?

東京での仕事や生活、うまくいっていないのだろうか? すこし、やせていただろうか?
垢抜けて、綺麗にはなっていたが、眼ばかり光っていて、じっと俺のことを眺めていた。
でも、帰りがけには、どこかホッとしたような、吹っ切れたような顔をしていた気がする。
そばで俺のことを眺めながら、なにを考えていたのだろうか?
あの最後のデートのとき、俺が心に正直になって『行くな』と止めていたら。
デザイナーになるのが、あいつの子供のころからの夢だと知っていてさえも、それでもわがままに振る舞えていたら。
今さら考えても仕方がないことだ。とっく認股權證に過ぎてしまったこと。選んでしまって、もう戻ることができない。もしもなんて意味もない。
そんなことを今まで何回考えてきただろうか。

こうやって、ろくろを回して、茶碗や湯呑みを作りながら、何度思い出していただろうか。繰り返し、繰り返し。延々と。そして、そのたびに、胸が締め付けられるように苦しくなって、切なくなって。
だけど、去年のあのときからのそれは、そうじゃなくなっていた。だいぶ前から、そうでなくなっていたことに気が付いた。
もしもなんて、まったく思いもしなかった。ただ、そんなこともあったなとどこか他人事のように思っていた。
ろくろを回す俺のすぐそばにかつて大事に思っていた人がいて、その人が俺のことを眺めていて、同じ空気を吸い、同じ時間を過ごして。でも、結局、ただそれだけだった。
なにも起こらなかった。なにも変わらなかった。

作業場の外を郵便の赤いバイクが通り過ぎていく。
今日の郵便物を届けにきたのだろう。
朝からぶっ続けで作業していたトシも、疲労の瑞士旅遊色が顔ににじみ出ている。
「そろそろ、休憩にするか」
「はい、親方」
トシは嬉々とした様子で、作業場の外へ出ていった。庭の水道で顔でも洗いにいったのだろう。
俺も作業スペースを離れ、隅で脚を伸ばす。ホッと息を吐く。久々に血流がよくなったためか気持ちいい。
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