気になる人の やり取りメールが減るのは何故か?

今日は 心理学(恋愛心理学)に ついて 書こうと思います(・。・;
気になる方からの メールが来なくなり 何度も お相手からの着信が無いか見たり 待ち疲れて 携帯を持ったまま 寝てしまったりと 色々な経験をされた方は いらっしゃると 思います!
男性が メールを しなくなる事由を挙げてみることにしよう!
まず、初めに 男心と女心の基本的な 思考の違いがある。
恋愛において、男性はメールをデートの約束や デートプランの相談など、目的を持ってメールをする。それに対して女性は、 感情を理解して貰いたいとか、雑談目的で気楽にメールを送る。
男性が異性に対してメールを送る場合は、恋のアプローチか仕事の話が多い。 男性は目標が無い行動はしない傾向が強く、表面的な人間関係はあまり重要視しない。だから、男性がメールや電話でコンタクトを取ってきたら、何かしら欲求や期待を抱いて いると思って間違いない。
☆うざいと思われてしまうメール
男も女も好意を持った好きな相手にはメールを送りたくて仕方ないという心理状況になる。しかし ここでちょっと心にブレーキをかけて冷静に考えてみた方が良い メールの良いところは文章をじっくりと考えて送信できるところにある。うざいと思われない好かれるメールを送れるように心がけよう。
☆既に恋人であるかのようなメール
お互いの 信頼関係や親密度があるなら救いようがあるが、大して仲良くも無いのに このような質問をされたらどう思うだろうか。男女共に まだ恋人でもない方から、「今何してる?」なんて聞かれたら どこかおぞましいような気持ちになるだろう。
特にこれが、社会人で、相手が仕事中だとしたら、 余計なストレスがかかり、負担に感じる可能性もある。
相手がノリの良い人なら大丈夫かもしれないが、世の中は色々な人がいる。 心が広く何でも許してくれるような人は、実際のところそんなにいないものだ。親しい間柄になるまでは控えたいね!
☆プライベートに関するディープな質問
あまりにがっつきすぎる印象を与えると、 避けられるようになってしまう可能性がある。人間には、追われると逃げたくなるという 天邪鬼な心理の性質が元々あり、あまりに勢いよく迫られると、思わず拒否したくなってしまうのである。
また、1通のメール文章中に沢山の質問があると、何か 詰問されているような気分になり、「もうこの人とメールしたくない、面倒くさい人…」 のようになりうざがられる恐れがある。
☆さて 婚カツサイトなので 此処からが 重要なのだが
・メールの頻度や間隔に注意する
好きな人へは一刻も早くメールを返信したい、送信したいという気持ちになるかもしれないが それは失敗の元になる確率が高い。
メールの間隔が狭すぎると、 「早く返さないと悪いな」という心理に陥り、メールの返信にプレッシャーを感じるようになる。
そうすると「メール返すのがめんどくさい」「もうメールしたくないな」と言う風にうざがられる 結果となる。
恋愛関係を長続きさせるコツとしても、短い間隔でのメール交換はおすすめできない。特にメールの相手が 友達や家族 仕事先など多い人の場合は負担が倍増することもある。 また メールの頻度には恋愛心理でモテるテクニックが存在している。
それは、メールの間隔を初めは10分ぐらいで30分 1時間 3時間と長くしていき、最終的には一日に1通ぐらいにするというもの、 これは心理的には非常に効果的で、相手に惹かれてしまう作用がある。 「初めはすぐにメールの返信が来たのに、なかなか来ないな、嫌われたか無視されたかな」と 心配になる。そしてメールが来るのを期待して待つ心境になる。そこに少し遅れてメールが来ると 、「あ、やっぱり好きなのかな」と安心する。この「寂しい」「期待」「安心」という 心理感情を繰り返し与えることで、相手に自分に対する自我関与の割合を増やしていく 恋愛心理学のメールテクニックである。
とにかく、あまりに短すぎても あまりに遅すぎてもダメ とにかく相手のペースや歩調に合わせることが肝要である。
そして 此処が 皆が 失敗として 陥りやすいのだが
メールが無いことに対し 催促のメールを 送ってしまう事だ!
何で メールくれないの? 嫌なら お断りのメールをくれれば良いのに!等のメールは 自ら お相手との距離を広める事となる!
男女共に パートナーには 癒しを求める事が 多い!たかが メールかも 知れないが 返信の強要や無理強いは 厳禁です!自分中心の考えや思いを前面に出すのでは無く お相手の事を一番にね♪
・・・・・・今日はボケる所がない(・。・;

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余談的支える、削る

ヒールがある靴には、婦人はもちろん紳士ものにも、

「シャンク」と呼ばれる芯というか背骨のようなものが入っています。

かかとから前方に向けて地面に接していない部分が折れ曲がらないように支えるものです。

一般的なのが金属製。

ヒールの高さに合わせたものを初めから用意しなくてはいけませんが、

廉価で、薄くて、丈夫。

既製品で売ってる靴は、多分ほとんどが金属のシャンクが入ってるんじゃないかと思います。

写真のものは比較的厚い方。

焼きも入ってるんで、少し丈夫で、高価。

ほんの数円ですが。(笑)

世には、木製シャンクや竹製、硬い革を使ったりする職人さんもいらっしゃいます。

これらのメリットは自分の好きなように加工できる点やしなやかさだったりするんですが、

まぁ、私は金属使ってます。(笑)



で、今回の靴。

コルクを埋める際に、シャンクも一緒に埋めました。

写真ではコルクに埋まってほぼ見えてませんが、

ちゃんと金属製のものを貼りこみ、コルクを削って整形してます。



そして、本底も貼り付ける前の事前加工。

これが地味に面倒。

底の型を取ってそれに合わせて切り出してから、部分的に削っていきます。

本底って結構硬い革を使うんで、

この削りが時間がかかるし、力が要るし・・・で、めんどくさいわけです。(笑)



どこを削るかというと、履いてるときにあまりいかつさを感じさせないように周囲は少し薄めに

踏まずのところはさらに薄くします。

底がちょっとでも薄く見えることによって、ちょっとだけスマートに感じたりするもんです。

まぁ、人によって好みがあって、いかついのが良いっていう人もいるんで、

職人さんによっては踏まずしか加工しない人も勿論いらっしゃるんですけど、

私は削るようにしてます。



で、この底を水に数時間漬け込み、柔らかくした状態にしてから現物の底面に貼り付け、

ウェルトと縫い合わせていく、「出し縫い」という工程に入っていくんですが

それはまた後の話になります。

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男女の立ち位置、右か左か

まえからうすうす思ってはいましたが、やはりカウンター席が好きです。
ご飯を食べているときの、がやがや声もいい演出です。
それでいて、一人だと味に集中できるし、
厨房の様子は見られるし、周りの人がなに話しているのか、
聴こえてくるのも好きです。
久々に銀座のラボエムへ行ったら、
ちょうど角のカウンター席が1つだけ空いていて運よくすわることができました。
ここは、オープンキッチンをコの字に囲うようなカウンターの作りになっています。
カウンター席に座ったとしても、ほどんどお酒が飲めないことが悔やまれます。
次回、生まれ変わったらお酒飲める人になりたいな。
仕方なく、ノンアルコールビールです。
ワークアウト後の炭酸はおいしいなあ♪
お寿司、中華、ラーメン、飲み屋は、一人カウンターも多い方ですが、
イタリアンで一人で座っている日本人は稀のような気がします。
外国人は、ひとりでワインを飲んだり、よく見かけますが。
今日は、そんなカウンター席を観察していて気づいたことがありました。
カウンター席には、男女ペアで座っている人たちばかりだったのですが、
A:右が男性、左が女性
B:左が男性、右が女性 
おひとりさま外国人1名。
とパターンがありました。
Aは、4組。Bは、3組でした。
心理学で男女の立ち位置についてネットに書いてありそうだと思ったので、
調べみることにしました。
自然なのは、男性が左で女性が右なのだそうです。
左側に立っている人のほうが強いという説がありました。
そう言えば、友達になった外国人は、私が左に行こうとしたら、
そんな私を阻止するように左に来たので、笑
ダンスをしているからかなぁと思いましたが、どうなのでしょうか。
でも、日本は左側通行というのもあって、男性が右、女性が左も多いそうで。
なんだか、解説を読んでいるうちに、どっちでもいいじゃんって
なっていったのですが・・・。
一番しっくりきた説は、女性は、「左耳で聞く」ということです。
私は、右耳よりも左耳で聞こうとするタイプです。
右で聞くことは苦手に感じます。
美術館の音声ガイドが片耳の場合は、左耳につけます。
左で聞くということは、右脳に入って
なんとなく全体像をつかみやすく感じます。
こんな記述もありました。↓
右脳左脳による恋愛アドバイスによると
「男性は左側、女性は右側」を歩くことを勧めている。
――その秘密は右脳と左脳にあります。
良い位置に並ぶ場合、女性は左耳で男性の声を聞き、
それは情緒を司る右脳に届きます。
男性は右耳で女性の話を聞き、理性を司る左脳に届きます。
情緒豊かな女性と理性的な男性の長所を生かした並び方となります……。
この記述が、一番私には納得感がありました。
私は、話を聞きたいので右側に行こうかなと思いました。
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デッドヒート

今日は5時過ぎに仕事が終わり、帰宅して今は日記書いてます。

タイトルは今日の仕事のことで、なかなかなかったので日記に書いてます。

現在新聞配達の仕事をしており、朝2時~5時まで月1日休みがあるかないかで働いています。なので、普通の方より仕事の出勤日として考えれば、よく働いている方です。花金?いえ、知らない子ですね。
ただ、労働時間が毎日3時間くらいなので、仕事が終われば自由に過ごすことができてます。それを考えるとほとんど働いてないように見えるかもしれませんが・・・

雨の日は新聞が濡れないようにしないといけないし、自分が濡れるので、めんどくさいし気が滅入りますが、それ以外はほとんど文句ありません。
人に気を使わなくてもいいし、結局は自分ひとりでやる仕事なので。

さて、そんな新聞配達ですが、今日の配達は少し違いました。デッドヒートです。大事?なことなので二回繰り返しましたが。

ご存知だとおもいますが、一概に新聞といっても、いろいろあります。大きな勢力を誇るY新聞。割と会社勤めの人がとっているA新聞。同じく会社勤めの人が読むであろうKS新聞。ほかにM新聞や地元紙、農業や電気、車関係やその他の専門的なものもあります。
僕は3つの区域を配達しているのですが、時間帯がかぶると、他の系列の新聞を配る人と同じ区域を同じ時間帯に配ることもよくあります。いわゆる、あるあるのひとつでしょうが。

今日は珍しく、というか過去に例がないほど同業者とかぶりました。
自分がポストに入れている間に、その人がこちらを抜き去り、一軒先の家のポストに入れる。
その人が入れている間に、自分が抜き去って少し先の家に新聞を入れる。
そんなことが1つの区域で都合10分くらい続きました。いつもはそこまでかぶらないので気にならなかったのですが、今日は白熱し、タイトルのように。
ただ、相手は僕と同じようには考えてないでしょうけど。

そんな珍しいことがあったので、とりあえず書いてみました。

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主体←→客体

したいかも、したくないかも
されるかも、しちゃうかも

自分が主体となって考えているけれど
そこには客体が存在している

客体が存在していなければ
希望的観測は生まれない

心の奥底で望んでいること

客体にそうされたい、そうであって欲しいと思っている

でも一歩を踏み出せないのは
リスクを考えてのこと

現実と体
社会規範、モラルと自分の心の望んでいることとのギャップ
心に嘘をついている苦しさ

肉体的快楽と心的快楽は違う

肉体的刺激は
精神的快楽の布石に過ぎず
肉体的部位ではなく
第六感的な
体の一部ではない場所が官能する

ある意味、変態だ
自分でその事を自覚しているからこそ
一歩を踏み出せないのかも知れない

まさに、かも知れないのだ
客体があるからそう感じるのだ
客体がなければそう感じることもなく
この快楽を求めることもないだろう

否定しつつも、否定しきれないのは
心の何処かでその快楽を欲しているからだ

そのもどかしさと快楽の狭間で
悶え貪るんだ 媚薬 販売:http://www.allkanpou.com/

悶々とする中に恐怖すら感じるだろう
だがそれは個人が抱えている
規範でありモラルであり社会的地位なんだ
後ろ指を指されたくない
だから禁忌を破ったとき
そのときに得られる快楽はひとしおなのだ


だがこれは密かに、誰にも気づかれず
出来るだけリスクをおかさずに実行しなければならない
そんなことで恋が出来るであろうか
普通に恋愛を始められるであろうか?
 (そも、普通とは何か?
もう普通の恋では満足できなくなっている
ドーパミンが出ない
まさに、変態だ 花痴:http://www.xn--6qs44kv2wxulv8l.com/

自覚症状があればなおさら
奥手にならざるを得ない

誰も皆そうなのであろうか?

『間違った子育ての常識で苦労していませんか?』山崎雅保 著

ホンマでっか!?TVを見ていると、この方とはほとんど教育に関する意見が一緒なので図書館で借りて読んでみた。

意見が一緒というだけあって7~8割は「そうだよねぇ。」って思う話で、あと2~3割ぐらいは「まあ、そういう話もわからんでもないけどなー。」
で終わってしまった。

ただ一点。

なーんか世代なのかなあ。
いつも世の中の人が間違ったイメージでとらえてるものにTVゲームというものがあって。

『現実から逃避して世の中の嫌なことから目をそむけ、楽な方に逃げてる』
みたいなイメージ。

俺はレトロゲーマーなので知ってるけど
「このアドベンチャーゲームでもう終盤だと思うのですが、2年ほど先に進めなくて困っています。」
→答え「最初の方でここで必要になるアイテムをおじさんに渡してしまっています。もう一度最初からやり直しましょう。」
「このアクションゲームのある敵がどうしても倒せませんどうしたらいいでしょうか?」
→答え「気をつけて倒しましょう。」
「このシューティングゲームのこの場面がどうしても越えられません、どうしたらいいのでしょうか?」
→答え「気合」

ゲームの雑誌や攻略本は平気でこんなことを書いていた。

どんだけリセットしようが何十機ストックがあろうが、どうしても前に進めない。
何度挫折感を味わったことか。

現実の方がよっぽどかましなことが何度もあった。

まあ、それでもそこが好きだったんだと思う。今でもやってるもんねぇ。

話題がそれてしまいました。

この本は、俺なりの解釈によると
タイトルの通りの本です。
「こうしなきゃいけない。」
「こうあらねばならない。」
なんていう周りの常識なんか気にしてると、親も子も幸せになりませんよ。
ということだと思います。