ターシャ・テューダーの愛と思慮深さ

アメリカのバーモント州の田舎でクラシカルな生活をしていたターシャ・テューダーの生きざまは、手本とする考え方が山もりなんですが

そんな彼女の語録の中で印象的なものがある

晩年には彼女も介護が必要で、大事に飼っていたコーギー犬が、自分で散歩に連れていってあげられなくなってからは、別の家に住んでいる子供や孫、あるいは親しい友人に散歩をたくしていたのだけれど

「散歩に連れていってくれるの?だったら、オレンジのベストを忘れずに着せてね。
今日まで狩猟期間だから。
ああ、狩猟期間はいつも心配だわ」


というのがあって

その思慮深さと、大切なものを傷つけまいとする愛情が伝わってくるなぁ。。。って思いながら読んだ記憶があります。


だからなんだというわけではないですが、注意はしすぎることはないということです。
蔵八宝
魔根

「違い」を認め合う勇気,「違い」を楽しむ気持ち

自分が恋人と似ていると嬉しい。
そう思えることもあったっけ。
ヒトに限らず,イキモノは,自分と似て非なるものに惹かれる。
それは,種の保存のための行動でもある。
紅蜘蛛
自分に近い人は付き合いやすいけど,相同性が高い=遺伝的相同性が高いのは,遺伝的な多様性を維持するためにも,あえて避ける傾向にある。
まぁ,普通はそこまで考えていないとは思うけど……

直感的に,共通部分があるのは嬉しいし,それを足掛かりに近づきたくなるのも,気持ちとしては分かる。

でも,「同一」ではいけない。気持ちが同化しては,恋愛も進展しない。
より深く付き合うなら,各自の「違い」を認め合い,それぞれの個性を大切にすることだ。
「違い」を楽しむくらいの,心の余裕と,相手への敬意があったほうがいい。

特に年齢が行ってからの恋愛は,「違い」を尊重することが,年少者よりもさらに必要で,それが「成熟した恋愛」だとも言えそう。歳が行くと,人間,そんなに柔軟ではなくなるので,「近づき方」にも,年相応のものが必要尾なのだと思う。
蟻力神
これは付き合いの長い恋人や夫婦にも言えることで,「自分とは違う存在」を受け入れ,愛しむことは,結婚する場合でも,必須の条件の1つではないだろうか。
「自分とは違う存在」が近くに居るのが許せない人は,結婚しないほうが幸福かも知れない。
恋人や配偶者が,自分の思い通りに動くとは限らないし,自分と同じ意見を持っていないことも少なくない。まして,性格が同一,と言うことは,あり得ない。
その「違い」を受け止め,尊重し合い,影響し合う関係……「個」としての価値を認めつつ,共に生きることの意義を見出せるようであれば,意見がぶつかることで「我慢」を強いられることも減ると思う。

ティーンの頃の恋愛は,「似ている」と言われると,嬉しかった。
実際,見た目が似ているだけで,近づけたような気がしたり。
「妹」タイプが好み,と言う男の子の心理も,その辺にありそう。

大人になったら,似ていることに,こだわらなくてもいい。
わざわざ似せる必要も無い。自分の好きな人の真似をすることで,その人に近づける,と言うものでもない。
似せるのではなく,歩み寄り,自然に馴染むこと。
親しい関係なら,お互いに影響を受けるのが当たり前。
影響を受けつつ,「個」の大切さも尊重する。
むしろ,「違い」をはっきりさせたほうが,良いくらい。