雑踏の片隅で思い出が消えた

仕事帰り、ひとりで飲んだあと、店を出ると空気が少しひんやりと感じた。

「はぁ~」

と吐く息が少し白くはならなかったが、そんな気分の夜だった。

ジャケットの襟をたて、少し背中を丸めながら歩きだした。

タクシーを捕まえようと、大通りに出ると

向こう側に信号待ちしている君を見つけた。

隣にいる男性と楽しそうに話している君は、

まだ、昔の恋人が道路の向こうにいることに気がついてなかった。

やがて信号が変わり、

雑踏の中、向かい合う二人の足音は、少しずつ大きくなり

交差点の中心で重なった。

その瞬間、足音が掻き消され、時が止まり、

聞き覚えのある声だけが耳に入ってくる。

後悔したいくらいに綺麗になっている君。

もう一度呼び止め、口説ける気がするのは、酔っているからか。

今は、別々の人生を歩んでいて、

お互いの足音は、別々の方向に消えていった。

タクシーを捕まえ、酔い醒ましにいつもの所に移動した。

車内から見える霞んだ月のように、朧気な記憶が蘇る。

昔、よく二人である歩いた道。

ひとりで歩くと、こんなに寂しく長い道なのか。

「また、来ようね」

と約束した場所が多すぎて、

もう、行ける所がなくなったよ。

心の整理がつかないまま時間が過ぎるのは、

雨の日に音楽を聴いていたら、

いつの間にか曲が終わってて、

気がついたら雨を聴いてた。

ときと同じ。

でも、すれ違った幸せそうな顔を見て、

なんだか優しくなれると同時に

思いも冷めていき、そして哀しいほどに。

メモリの消し方って上書きだと思ってたけど、

こういう消し方もあるんですね。

威哥王
三便宝