ちょっと残念な出来事

なんというか、ちょっと残念な出来事があったので、書かせてください。

とある女性からメッセージを頂きました。以下、その時のやり取りです。

女性「新しい出会いはありましたか?」
自分「あまりないですね。貴方は何かありましたか?」
女性「なんだか変なメールが多くて…ここで他の女性からメールを貰うことはないですか?」
自分「自分はそんなには(^_^;)でもいろんな人がいますから、貴方のように可愛らしい方だと、特にメールが多くなるかもしれませんね」
女性「なんであんたが、私にメールが沢山来てること知ってるのよ!このサイトプライバシーもなにも無いじゃない!」
自分「いや、さっき自分で言っていたでしょ(^_^;)それに、なんとなくメール多いのは想像に難くないですし…」
女性「退会理由にこの事書いてやる!さようなら!」

うーん…なぜこんな展開になるのか理解に苦しみます。彼女が他からどんなメッセージを貰っていたか分かりませんが、「変なメールが多かった」と言うことから、決して気持ちのよいものではなかったのでしょう。

このサイトの男性に対する疑念が高まってたんですかね、そして何故か私が爆発させてしまったようです…言葉の選択が良くなかったんですかねぇ
威哥王
巨人倍増

ぜんぜん眠れないので私の人生経験を書いてみました。

10歳の時でした朝トイレに行こうとしたら
足の痛みで急に倒れてしまいました。
それからは不定期に足に激痛が走るようになり
その間隔がだんだんと短くなって来ていました。

その頃病院には行っていたのですが
成長期に良くある痛みでしょうと言うことで
全く治療はせずにずっと様子見でした。

そんな日が数年続いたころ急に毎晩の様に40度近い熱が出る様になり
足の痛みだけだったのが全身にも起こる様になっていました。

二十歳の頃にやっと大学病院を紹介され
詳しい検査を沢山し強直性脊椎炎だと分かりました。
その時にはもう杖が無いと歩く事は出来なくなっていて。
毎日ひたすら激痛を我慢する日々が続いていました。
それからも症状は悪化するばかりで間もなくして
寝たきりの生活になっていました。

激痛から解放されるならいっそうの事楽になりたいと思うこともありました。

でもある日のテレビで見たヤニーの音楽でちゃんと生きたいと思う様になりました。

それからは痛いのは生きてる証だと自分に言い聞かせる様にしながら
毎日リハビリを頑張って少しずつだけどだんだんと歩ける様になりました。

歩ける様になってからはどんどん前向きな性格になり
興味のあることは何でもやるようにしました。

スノボ、ゴルフ、ピアノ、油絵
興味があればなんでもです。
今は、ピアノだけが残っています。

前向きに生きているとだんだんと元気になり仕事がやりたくなりました。
ゼロから始めるから本当にやりたいことをやろうときめ
システムエンジニアを目指す事にしました。
毎日深夜まで本を読みながらプログラムを書いていました。
これも三年くらい続けた頃かなりの本数のプログラムが出来てたので
自作のソフトをノートパソコンに入れて何十社と自分を売り込みに面接にいきました。
やっと東京の小さな開発系の会社から雇って貰えることになり
必死で頑張りました、人生の中で一番頑張ってた時期です。

就職から一年が過ぎたくらいからだんだんと体調が悪化し
また昔と同じ様に毎日40度近い熱が出る様になりました。
今度はクローン病でした。
それでもせっかく手に入れたチャンスだったので10年くらいは身体の無理は承知で頑張ってました。
ただ、その後は入退院に手術が増えエンジニアを続けるには厳しくなり今の事務系の仕事をするようになりました。

人一倍苦労はしているつもりだからちょとした事じゃへこたれません。
それに小さいけど夢も持っています。
そんな簡単に人生も夢も諦めないです。
お楽しみはこれからです。
威哥王
三便宝