看板に偽りあり

政治運動をするつもりはないと称しながら、安保法制について明確に反対の立場を取るというのは、いかがなものだろう。

その立場こそ、既に政治運動だろう。

無論、安全保障と法制度について検討する集まりならば、政治運動にはなるまい。
議論の流れにより、何処に収束するかは読み切れないからだ。

とは言え、この要求、多分、確実に”地雷”を踏むことになるだろう。

過去に櫻井氏の関わった事案をいくつか見ても、極めて理路整然とした立場に立っていることが多い。
そして、相手の論理を踏まえ、疑問点を突き詰めていく。

大抵の場合、その相手は、ここで論理の破綻をきたし、或いは理論を離れた感情論に踏み込んで、自滅を見ることが多い。

討論で、自説を得心させられるだけの自信と度胸とがあるならば、大いに結構。
どしどしやるべきだ。

だが、しないという仮想に立脚する限り、間違いなく完膚なきまでに論破され、「負け犬の遠吠え」を他のところでコソコソとやる羽目になることは間違いあるまい。

この討論、果たして成立するか、些か見ものだと思う。
蔵八宝
消渇丸