これからもないだろう

「さっさと始めましょう」とスパーホーク。
「花婿殿は待ちきれんようだな。いや、昔を思い出すわい。聖歌隊は伝統的な婚礼の聖歌を歌っているから、よく知っている者も多かろう。最後の和音になったらドアを開けるから、そうしたら諸君は、われらが犠牲の仔羊を祭壇の前に運んできてくれ。逃がす瑪沙 射頻瘦面槍んじゃないぞ。そうなるとたいてい大騒ぎになるからな」エンバンはいたずらっぽく笑ってドアを閉めた。
「とんでもない人だ」スパーホークがむすっとしてつぶやく。
「そうかね。おれは好きだけどな」とカルテン。
 婚礼の聖歌は、エレネ教会の聖歌の中でもいちばん古くから伝わるものの一つだった。喜びに満ちあふれたその歌に、新婦はじっと耳を澄まし、新郎はほとんど注意を払わない。それもまた一つの伝統だった。
 最後の歌声が消えると、エンバン大司教は大きくドアを押し開けた。スパーホークは友人たちに取り囲まれ、祭壇へと運ばれていった。まるで刑吏が囚人を絞首台へ護送するようだという言い方は、この場合は不謹慎に過ぎるかもしれない。
 まっすぐ通廊を進んでいくと、祭壇では金の縁取りのある純白の法衣をまとったドルマント総大司教が待っていた。
「よくぞ参った、わが息子よ」ドルマントはかすかな笑みを浮かべた。
 スパーホークはあえて答えなかった。ただ友人たち全員が、きっと何か面白いことが起きるに違いないと期待していることだけはよくわかった。
 やがて招待客が全員立ち上がり、沈黙が降り、誰もが首を伸ばして正面のドアを見つめるちょうどその時を見計らって、花嫁の一行が一方のドアから現われた。最初はセフレーニアとミルタイだった。だがまっ先に目を引いたのは、二人の身長の違いではなかった。人々が唖然として息を呑んだのは、二人が明らかに異教徒であるという事実だった。セフレーニアはどう見てもスティリクムふうの白いローブを着て、額には花冠を飾り、静かな表情を浮かべていた。ミルタイのガウンは、エレニアでは知られていないスタイルのものだった。濃い青紫色で、縫い目がないように見える。両肩のところを宝石のついたクリップで止め、そこから長い金の鎖が胸の下へ伸びて背中で交差し、ウェストを締めて腰を支え、前で複雑な結び目を作ってから、床まで届きそうな飾り房になって終わっている。肩までむき出しになった黄金色の両腕は染み一つなく滑らかだが、みっしりと筋肉がついていた。足には金色のサンダルを履き、今はほどいている漆黒の髪はまっすぐに背中を流れ落ち、腿のなかばにまで達していた。頭には飾り気のない銀のバンドを巻き、腕にはブレスレットではなく、金の象嵌《ぞうがん》を施した、磨き上げた鋼鉄の手錠をはめていた。エレネ人の感情に配慮したのか、一目でわかるような武器は帯びていない。

 セフレーニアと並んで入ってきたミルタイの姿を見て、ドミ?クリングが悩ましげなため息をついた。二人はゆっくりした足取りで祭壇に向かった。
 ふたたび思わせぶりな間があって、左手を軽くオブラー老王の腕にかけた花嫁が登場した。一人の女ではなく一個の周海媚 膠原抗老槍芸術作品としてその姿を全員が堪能できるよう、いったん足を止める。花嫁衣装はたいていそうだが、エラナのガウンも白いサテン製だった。ただ金のラメで縁取りされているところが目を引く。そのコントラストを強調するために、長い袖は折り返してあった。袖自体はとても長く、伸ばせば床に引きずりそうなほどのカットになっている。金のメッシュの幅広いベルトには、さまざまな宝石が散りばめられていた。この上なく豪華な黄金のケープが背後の床にまで広がって、輝くようなサテンの衣装にさらに重みを加えている。色の薄いブロンドの髪には王冠が飾られていた。エレニア王家に代々伝わる王冠ではなく、黄金のメッシュを編んで輝く小さな宝石をいくつもはめ込み、あいだに真珠を散らしたものだ。王冠はベールを止めるためのものだった。ベールの前面は胴着にかかり、うしろは両肩を覆っていたが、とても薄い布地でできているために、まるで霧がかかっているようにしか思えなかった。白い花を一輪だけ手にして、白く若々しい顔は輝くようだ。
「こんな短い期間で、よくあれだけの花嫁衣装ができましたね」
 ベリットにささやかれて、クリクが答えた。
「セフレーニアが指をうごめかせたんだと思うね」
 そのときドルマントにじろりと睨《にら》まれて、二人は口をつぐんだ。
 エレニアの女王に続いて、王冠を戴いた国王たちが入場した。ウォーガン、ドレゴス、ソロス、それに父の代理のラモーカンド王国皇太子と、カモリア王国大使の顔もあった。レンドー国からの出席者はなく、またゼモック国のオサを招くことは誰も考えなかった。
 一行はゆっくりと通廊を歩いて、新郎の待っている祭壇へと近づいた。プラタイムとストラゲンは最後尾について、左右からタレンを挟みこむ形になっている。タレンは白いビロードのクッションを捧げ持っており、その上にはあの一対のルビーの指輪が載っていた。付け加えておくと、ストラゲンとプラタイムの二人は若い盗賊をしっかりと監視しているようだった。
 スパーホークは花嫁が顔を輝かせて近づいてくるのを見つめた。まだ理性的にものを考えることのできる最後の瞬間に、これまでどうしても認めることのできなかったことを、騎士はようやく受け入れた。十数年前に託されたエラナの世話という仕事は、単なる雑用だっただけでなく、スパーホークに対する侮辱でもあった。それでも王女に対して怒りをぶつけることをしなかったのは、王女もまた父王の気まぐれの犠牲者だとわかっていたからだ。最初の数年はたいへんだった。今はあのように顔を輝かせて近づいてくるエラナも、当時はとても人見知りが激しかった。いささかくたびれた、小さなぬいぐるみのロロとしか話をしようとはしなかったのだ。ロロはいつも、エラナにとっては唯一の話し相手だった。だがそのうちに、幼い王女はスパーホークのいかつい顔ときびしい態度にも慣れてきた。二人のあいだに細い友情の絆のようなものができたのは、ある尊大な廷臣が王女に無礼を働いて、保護者の騎士に手ひどくたしなめられた時だった。誰かが自分のために血を流してくれるのは、王女にとってははじめての経験だったのだ(その血は廷臣の鼻から流れたものだったが)。その瞬間から、顔色の悪い幼い王女にとって、まったく新しい世界が開けたのだった。その日以来、王女はどんなことでも――騎士が望まないことまでも――スパーホークに打ち明けるようになり、秘密はいっさい作ろうとしなくなった。スパーホークは王女のことを、世界じゅうの誰よりも詳しく知っていた。そのためにスパーホークは、ほかのどんな女にも心を移すことができなかった。小柄な王女の存在はスパーホークの存在とあまりにも複雑に絡まり合っていて、二人の心を引き離すことなど誰にもできなかったのだ。それがこの時、この場所に二人がいることの理由だった。自分が苦しみに耐えるだけのことであれば、スパーホークは誰にも心の内を明かすことなく、じっと耐え忍ぶこともできたろう。だがエラナの苦しみまで抱えこむというのは――
 聖歌が終わった。血縁であるオブラー王が騎士に女王を引き渡し、新婦と新郎はドルマント総大司教に向き直った。
 ドルマントがそっと二人に耳打ちした。
「ここで少し説教をすることになっている。慣習があって、みんなわたしがそうすると思っているからな。別に聞いていなくてもいいが、できれば目の前で欠伸《あくび》をするのだけはがまんしてくれ」
「そんなこと考えてもいませんわ、サラシ」エラナがささやき返した。
 ドルマントは結婚というものについて――いささか長々と――一席ぶち、新郎新婦に対して、式さえ終わってしまえば自然の衝動に従うことに何の差し障りもないこと、むしろそれは奨励されていることを請け合った。総大司教は互いに相手に誠実であるべきことを強調し、二人の周海媚 膠原抗老槍和合の果実はエレネ人の信仰を持つよう育てなくてはならないと念を押した。そのあと〝汝《なんじ》は?で始まる一連の質問が交互に二人に対してなされ、婚姻すること、世俗の富をすべて分かち合うこと、愛し、敬い、従い、慈しみ合い云々《うんぬん》といったことを約束するかどうかといったことが尋ねられた。式は滞りなく進んで、タレンがとうとうどちらも盗むことのできなかった指輪の交換に移った。
 そのときだった。まるで大聖堂のドーム屋根そのものから響いてくるような、どこか馴染みのある静かな楽の音が聞こえてきたのは。それはトリルを奏でる笛の音で、愛を称える喜ばしい楽調に満ちていた。スパーホークはセフレーニアに目を向けた。その輝くような笑みが、すべてを語っていた。アフラエルはいったいどんな条件でエレネ人の神と取引し、この場に列席して自身の祝福を与えることを許されたのだろう――騎士はちらりとそんなことを思った。
「あの音楽は何?」エラナが唇を動かさずに尋ねた。
「あとで説明してあげるよ」スパーホークがささやき返した。
 アフラエルの笛の音は、蝋燭に照らされた聖堂に集まったほかの人たちには聞こえないようだった。ただドルマントだけは目をわずかに大きくして、少しばかり青ざめた。それでもどうにか自分を取り戻すと、スパーホークとエラナが永遠に別れがたく結びついた夫婦であると宣告した。そのあと二人に神の祝福を求め、最後にちょっとした祈りを捧げてから、ようやくスパーホークに花嫁への口づけを許した。
 スパーホークはそっとエラナのベールを上げ、唇を新婦の唇に触れさせた。公衆の面前での口づけは誰がやってもまずうまくいかないものだが、二人は何とかあまりぎこちなくならずにやってのけた。
 結婚式はそのままスパーホークの、女王の夫としての戴冠式に移った。スパーホークはひざまずき、若き女王はクリクが紫のビロードのクッションに載せて持ってきた冠を手に取った。ほかのもろもろのことといっしょに夫に従うと誓った女性ではあるが、今は女王としての権威がそれに優先している。エラナは鈴のようによく響く声で、簡潔な演説を行なった。この声で岩山にそこをどけと命じれば、本当にどいてくれることをかなり期待できそうな、すばらしい声だ。演説の中で女王はスパーホークのことをいろいろと褒め上げ、最後に冠をしっかりと夫の頭にかぶせた。そのあと、スパーホークがひざまずいていて上を向いた顔の位置がちょうどよかったので、エラナはもう一度夫に口づけした。さっきの練習の成果か、エラナがすっかり上達していることにスパーホークは気づいた。
「あなたはわたしのものよ、スパーホーク」唇を離さないまま女王はそうささやき、元気いっぱいのスパーホークにわざわざ手を貸して立ち上がらせた。ミルタイとカルテンが進み出て、山鼬《アーミン》の毛皮をあしらったローブをそれぞれの肩に羽織らせる。新たに夫婦となった二人は祭壇の前でふり返り、人々の喝采を受けた。

 式典のあとは夕食が供された。いろいろと食べたにもかかわらず、スパーホークはどんな料理が出たのかまったく覚えていなかった。ただ一つ記憶にあるのは、それが何世紀も続くように思えたことだけだ。だがとうとうそれも終わり、スパーホークと花嫁は教会複合施設を構成する建物の一つにある、東翼棟の上の豪華な部屋に案内された。二人は中に入り、ス
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