ついに堪忍袋の緒を

「トルネドラにはきみの他に王女はいるのかい」
「わたしの知るかぎりではいないわ」
「ということはつまり――」かれはあ然として王女を見つめた。
「そうよ」彼女は鉄製の罠がかちりとはねたような口調で言った。
「だからきみはきのう広間から逃げ出したのか」
「逃げたりなんかしてないわ」
「じゃあ、ぼくと結婚するのが嫌だと言うんだな」思わず詰問するような声になった。
「そんなこと言ってないわ」
「じゃあ、ぼくと結婚してくれるかい」
「それもちがうわ――だけど、どっちだってたいして変わりゃしないわよね。わたしたちには選択する自由なんてないんだから」
「それで機嫌が悪かったのかい」
 セ?ネドラは傲然と顔を上げた。「そんなことじゃないわ。いずれはわたしの夫が決められることはわかっていたんだから」
「じゃあ、いったい何が気に入らないんだ」
「いいこと、わたしは王女なのよ」
「そんなこと知ってるさ」
「わたしは誰かの下になるということには耐えられないの」
「下になるって、誰の?」
「〈ボー?ミンブルの協定〉ではあなたが〈西の大君主〉だということになってるわ」
「だからどうなんだ」
「つまり、あなたはわたしよりも位が高いということよ、陛下」
「そんなことで怒っていたのかい」
 セ?ネドラはガリオンをにらみつけた。「陛下、もしよろしければわたしは失礼させていただきますわ」そう言うなり彼女は返事も待たずに部屋から退出した。
 ガリオンは彼女の後ろ姿を眺めたまま立ちつくしていた。事態は思いもかけない方向に発展しようとしていた。かれはすぐにポルおばさんのところへ抗議に行こうとしたが、考えれば考えるほど、彼女には言ってもむだなような気がしてきた。これまでのこまごました断片が突然、はっきりしたかたちをとってあらわれたのだ。ポルおばさんはたぶん、セ?ネドラの馬鹿げた言い分にはくみしないだろう。彼女はガリオンをどうにも逃げ場のない立場まで追いこむために、その絶大な力を発揮してどんなことでもやってきたのだから。ガリオンには相談相手が必要だった。この難局を打開する方法を思いつける、悪知恵のはたらきそうな、あつかましい人物が。かれはセ?ネドラの部屋から出るとすぐにシルクを探した。
 小男は部屋におらず、ベッドを直していた召使いは口ごもりながら、部屋の主の行方を知らないことをわび、ぺこぺこお辞儀するばかりだった。ガリオンはすぐにシルクの部屋を後にした。
 さいわいバラクと妻子たちの居室がさして離れていない場所にあったので、ガリオンはそちらへ行くことにした。かれはなおも後をつけてくる灰色マントの男を、できるだけ振り返らないようにした。「バラク」ガリオンは巨大なチェレク人の居室のドアをたたいた。「ガリオンだよ、入ってもいいかい」
 すぐにレディ?メレルがドアを開け、うやうやしくお辞儀した。
「お願いですから、それはやめて下さい」ガリオンは頼むように言った。
「どうかしたのかね、ガリオン」バラクは緑色の革をはった椅子に座って、赤ん坊をひざの上で飛びはねさせている最中だった。
「シルクを探してるんだ」ガリオンは衣服や子供のおもちゃで散らかった、居心地のよさそうな部屋に足を踏み入れた。
「何だか殺気だった顔をしてるな」大男は言った。「何かあったのか」
「ちょっと困ったことになったんだ」ガリオンは思わず身震いしながら言った。「どうしてもそのことでシルクと話がしたいんだ。かれなら何とか解決方法を見つけてくれると思う」
「もう朝食はおすみになりまして?」レディ?メレルがたずねた。
「もう食べました、ありがとう」ガリオンは答えながら、彼女のようすをさらによく観察した。彼女はいつものきつい感じを与えるみつ編みをやめて、美しい金髪をふわりと顔のまわりに垂らしていた。見慣れた緑色のガウンをまとっていたが、その立ちいふるまいには前のように堅苦しいところはなかった。バラクもまた妻の前にいるときの身構えているような感じをいくらか和らげているようだった。
 バラクの二人の娘がエランドの手を両側から握りながら入ってきた。三人は部屋の片すみに座りこむと、手のこんだ小さなゲームを始めた。どうやらそれは子供たちにたくさんの笑いを呼び起こすようなたぐいのものらしかった。
「どうやら娘たちはかれを独占する気らしいな」バラクはにやにや笑いながら言った。「ある日突然気づいてみると、おれは妻や子供たちですっかり身動きが取れなくなってたってわけさ。だが不思議なことにそれがちっとも嫌じゃないんだな」
 メレルがすばやく、ほとんど内気といってもいいほどのほほ笑みを送った。それから彼女は子供たちを振り返った。「娘たちはすっかりかれがお気に入りみたいですわ」彼女は視線をガリオンに戻しながら言った。「あの子の瞳をずっと見続けていられないことにお気がつかれまして? まるで心の奥底までのぞかれているような感じがしますわ」
 ガリオンはうなずいた。「かれがまったく人を疑うことを知らないことに関係があるのかもしれませんね」そう言ってからかれはバラクを向いた。「シルクがいそうな心あたりはないかい」
 バラクは笑った。「廊下を歩いていってサイコロの音に耳をすますのさ。あの小泥棒はここへ来てからずっとサイコロを振り続けているんだ。ダーニクなら知ってるだろう。やつは厩舎のどこかに隠れているよ。王族に囲まれていると落着かないんだとさ」
「ぼくだってそうだ」ガリオンは言った。
「でも、あなただって王族のお一人でいらっしゃるのよ」メレルが思い出させるように言った。
「それを言われるとますます落着かなくなりますよ」
 厩舎へは裏廊下がいくつも通じていたので、ガリオンは立派な方の廊下で他の貴族たちと鉢合わせしないですむよう、あえてそちらを取ることにした。これらの狭い廊下は、もっぱら下働きたちが台所へ行き来するのに使われていた。下働きならばまだ顔を知られてはいないだろう、というのがかれの考えだった。だが顔が見えないように下をむいて狭い廊下を急ぐガリオンは、今朝自室を出たときから執ようにつけてくる灰色マントの男の姿がここでも見え隠れするのに気がついていた。切らしたガリオンは身分がばれるのも構わず、尾行者と対決するためにさっと振り返った。「そこにいるのはわかってるんだぞ」かれは怒鳴った。「ぼくの見えるところまで出てこい」かれはいらだたしげに片足を踏み鳴らしながら待った。
 だが背後の廊下はしんと静まりかえっていた。
「今すぐ出てくるんだ」ガリオンの声が不慣れな命令口調を帯びた。だが依然として何の動きも、音も聞こえてこなかった。一瞬かれは引き返して、この執ような従者がこっそりつけまわしている現場を引っ捕らえてやろうという気になった。だがその時、ガリオンの来た方向から汚れた皿を盆に山と積み上げた召使いがやってくるのが見えた。
「途中で誰か見かけなかったかい」ガリオンはたずねた。
「どこの話をしてるんだ」召使いはあきらかにガリオンが王だとは気づいていないようだった。
「廊下の途中でだよ」
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