そそっかしいコロンブス

誰でも知っているコロンブス。知らない人がいないコロンブス。小学生のとき、彼の栄光をたたえた映画を、全校児童がこぞって映画館に見に行った。コロンブスのたまごのシーンが印象に残っているが、意味がよく分からなく、ずっと気にかかっていたものである。

あらためてコロンブスに触れる。
アルハンブラ宮殿のあるグラナダが降伏したした1492年の頃、コロンブスはついに自分の夢がかなうときがきたと、思った。
イタリアのジェノバ生まれの航海者クリストファー・コロンブスは信念の男だが、狂信と誤解に突き動かされる男でもあった。マルコ・ポーロの「東方見聞録」を愛読し、黄金の国ジパングへ行きさえすれば、金がいくらでもあって大儲けをすることができると信じていた。
また聖書を読み込み、独自に解釈し、世界は1656年に終末を迎えるので、それまで世界中をキリスト教に改宗させなければならないと、宗教的使命を感じていたという。
ヨーロッパとアジアについても大いに研究し、アラビア海里をイタリア海里と取り違えて計算し、日本までの航路を誤った。それでも宗教的情熱を以て、未開の地にキリスト教を伝え、かつ黄金を得ようと、熱心にイサベルとフェルナンド両王を説き伏せる。
イサベル女王はやがてコロンブスの理解者となっていく。1492年の4月、航海の許可を与える。
コロンブスは8月にパロス港を出て、10月にバハマ諸島のひとつであるサン・サンバドル島に着く。つまりアジアへ行こうとしてアメリカに着いたのである。死ぬまで事実に気がつかなかったという。彼は生涯4回アメリカへ航海したが、夢見ていたような利益を得ることはなかった。確かに金山も発見したが、大したことはなかった。インディオの反乱にあって逃げ帰ったこともある。入植者をつれていったはいいが、先住民との争乱を収拾できないとして、罪人になったこともある。
支援者であったイサベル女王が死ぬと、コロンブスは頼りにする人もなく、寂しく生涯を閉じたのだった。
しかしコロンブスのしたことは無意味ではなかった。
現在、南北アメリカ大陸とカリブ海地域ではさまざまな人々がスペイン語を母国語としている。それから分かるように、コロンブスによる、かつてそこがスペインの植民地であったことを物語るものである。(ただし南米のブラジルだけはポルトガルの植民地)
また、食糧について言うなら、コロンブスは色んなものをヨーロッパにもたらしている。
「とうがらし」は南アメリカが原産地で、これをヨーロッパへ持ちこんだのがコロンブスである。
アメリカ大陸発見はコロンブスということになっているが、実はその以前にアメリカにはアジアにいた人間の移住で今から約三万年からいた。そこで人類が広がっていったのである。アイルランド人や、北欧のバイキングがアメリカにすでに到達していたという記録もある。だからコロンブスはヨーロッパ人としてほぼはじめてアメリカにきた、というにすぎないという。
しかしながら、コロンブスによって南北アメリカは世界デビューしたわけで、ペリー南部からボリビア北部にかけての中央アンデス産のじゃがいもも全世界の人々が食べられるようになったのだ。さつまいも、トマト、とうもろこし、かぼちゃもそうである。とうがらしの親戚のピーマンも、ししとうもコロンブスのお陰で、日本人も食べられるようになったといえる。
害としてはタバコ(?)と梅毒である。梅毒はアメリカの風土病だったという。
プラスの面には必ずマイナスがつきまとう。仕方がないと割り切れるといいのですがねえ…。
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