持たぬ頑なさ

もとより、子供たちの意見に耳を傾ける気など毛頭無い浅右衛門は、妻の意見を訊くまでもなく、貫五郎を朱子学塾に通わせることにした。

   「貫五、有難う、こんなにも次々と書鑽石能量水物を借り出して、怪しまれないのか?」
   「俺が勉強する為だと言って許可をとってあるから、何も怪しまれることなぞありません」
   「うん、そうだろうが、書物の内容について質問されたりはしないのか?」
   「されるかも知れませんが、俺の口先で適当に誤魔化しておきます」
   「そうか、せめて私が読んだ書物の内容は、貫五に判り易いように説明するよ」

 貫五郎が思ったように、兄貫十郎は素晴らしい勢いで書物から知識をとり入れていった。塾の師範のように理論ばかりを捏(こ)ねくり回さず、易しい言葉で解るように教えるので、貫五郎は師鑽石能量水範から質問を受けても、的確に答えることが出来た。

 ある日の夕刻、貫五郎は父浅右衛門に呼び寄せられた。
   「貫五、今日、塾の師範と出会ってなぁ、流石は矢野殿のご子息だと、お前のことを褒めていたぞ」
 父は、鼻高々だったと言う。
   「兄上のお陰ですよ」と、貫五郎は言おうとしたが、「何故か」と質問されて説明をするのが面倒であったし、兄もまたそれを望まないだろうと思って止めた。

 貫五郎は、そのことを兄に伝えると、貫十郎は笑っていた。
   「私が勉強出来るのも、貫五のお陰だよ」

 仲の良い兄弟で、生まれてこの方、兄弟喧嘩などしたことが無い。兄は弟を立て、弟は兄を庇い、父の偏った弟贔屓(ひいき)を交わして生きてきた。

   「貫五、明日の朝、父とともに奉行所へ行って貰うので、何時もより早く目を覚ますように」
 父、矢野浅右衛門は貫五郎に言った。
   「何事で御座いますか?」
   「事故で方が付いた事件なのだが、お奉行が疑問をお持ちなのだ」
   「それに私が、どう関わるのですか?」
   「わしらの硬い頭ではどうもあてにはならないと、お奉行様が仰せられたのだ」
   「それなら、兄上が適任です」
   「あいつを連れて行っては、わしは恥をかくだけだ」
   「何てことを仰るのですか、今のわたしは兄上の支えが有ってこそのわたしなのです」
   「とにかく、お奉行は貫五鑽石能量水郎をご指名なのだ、明日はお前を連れて行く」
 父は、貫五郎が何を言おうと聞く耳はである。

 その夜、貫五郎は兄貫十郎に相談した。
   「貫五、行って来なさい、私がノコノコ出向いたのでは、お奉行はがっかりなさるでしょう」
   「わかりました」
   「貫五の後ろにはこの兄が居ます、困ったことがあれば私に任せなさい」
 兄の力強い言葉に、貫五郎は安心したようであった。


 その日は、お奉行も役宅を何時もより早く出られたようで、矢野浅右衛門父子が奉行所の門を潜ったときは、既に控えの座敷で待っていた。

に伝えて欲しいのだ

そんななか、長次の提案で下っ引きの幹太をつけて、右吉の生国へ行ってこさせようと、話が決まった。賢吉も寛太も、大喜びであった。
   「こら、お前たち、遊びに行くのではないぞ」
   「わかっています」
 右吉は、余程心配だったのであろう「忝い」を何度維他命Dも繰り返し、長次に注意をされていた。
   「右近さん、いや右吉、忝いは止しなせぇ」
右吉は、友の名と生国を明かした。友は槌谷一之進、国名は少々遠くて、長次の胸に一抹の不安が過った。

 遊びながら、ふざけ乍らの旅は思っていたよりも短く、何事もなく右吉が仕えていた国に入った。目指すは槌谷一之進の屋敷であるが、余所者の町人がいきなり訪ねて行ったのでは先様の迷惑になるかも知れぬと、賢吉の提案で槌谷の屋敷前で行倒れよろしくへたり込んで家中の者が出てくるのを黙して待った。喋ると余所者とわかり、藩士が通りかかれば桐藤右近の使いだと知れるだろうと用心したのだ。

   「これ町人、槌谷殿の屋敷前で休まず、はやく立ち去れ」
 どうやら、槌谷家に用が有ってきた同僚らしい。賢吉たちを「シッ、シッ」と追い払うと、門を開けさせ、屋敷の中へ消えた。
   「賢吉、今日はまずいぞ、諦めて出直すか」
   「そうですね、どこか近くに貴金屬投資旅籠をとりましょう」
 表札を残念そうに眺め、二人が行きかけると、また侍がやってきた。
   「これ、そこの二人、拙者に何か用か?」
 どうやら、主の帰宅らしい。
   「槌谷一之進さまでございましょうか?」
   「左様、槌谷だが、そなた達は?」
   「はい、桐藤右近さまの使いで江戸から参りました」
   「何、桐藤の使いだと、藤堂は如何致した、無事なのか」
 余程案じていたとみえて、矢継ぎ早に問い質してきた。
   「ご無事で、あるお侍様のお屋敷にいらっしゃいます」
   「ご家来として取り立てられたのか?」
   「いいえ、今は町人の身分で使用人でございます」
   「そうか…」
  槌谷一之進は、それだけ言って絶句した。目に涙を浮かべている。
 
 その夜、賢吉と幹太は旅籠に泊まるつもりでいたが、一之進が「わが屋敷に泊まってくれ」と無理やり引き留められた。恐らく胸につかえている思いを話して、それとなく桐藤右近ろうと、賢吉は察していた。
   「殿が病床で右近のことを気にしておられるのだ」
   「お殿様は、ご病気でしたか」
   「ひと月前に風邪をめされてのう、そのまま枕があがらないのだ」
   「風邪にしては、長すぎますね」
   「そうなのだ、風邪から詩琳どんどんお弱りになって、今では藩医も匙を投げられた」
   「風邪をひかれる前から、お弱かったのですか?」
   「いいや、とてもお元気でおられた」
   「おかしいですね」
   「お前もそう思うか」