かわいそうなお兄ちゃん

今日ふと幼稚園の頃の思い出が蘇ってきました。

でも、三體牛鞭よく考えて見ると、私の断片的な記憶でよく回顧されるものはほとんど幼稚園時代のものの気がします。

以前、ここにも書いた「みかん落とし事件」はmixiの方でも書いていました。

今日蘇ってきたのは、精神的にハンデがある20代前半か若しくは10代後半だったのかもしれない男性です。

平日の午後にふと園内に入って来ては、中絶薬砂場で砂山を作ったり、両手いっぱいに砂を持って上下に振って、砂は少しずつ指の間から落ちていきます。
その動作を楽しそうに何度も何度も繰り返されていました。

そのうちに、「誰か」が来て連れて行かれてしまいます。

「あんなに楽しそうにしていたのにかわいそうだなぁ」と思ったのと同時に、招かれざる客なので仕方ないとも子供ながらに理解していました。

当時、確か日曜の午後にやっていた連続ドラマの「裸の大将」が好きで観ていました。
脚本は昭和当時の他のドラマである暴れん坊将軍や、水戸黄門と同じくとても分かりやすい構成です。
端的に言えば、正体を隠していた山下清がいじめられながらも奉公をして、その場所から去る時には有名な画家だと分かると言うものです。
私は裸の大将(山下清)のことを黒倍王「かわいそうなお兄ちゃん」と呼んでいました。
「本当は偉い人なのに、いじめられてしまう」と言う印象が強かったのだと思います。

話は戻って、先に出てきた幼稚園の砂場で遊ばれる彼も頭は坊主、白いタンクトップにハーフパンツだったと思います。
だから、私的には「かわいそうなお兄ちゃん」と同じような人と言う認識が強かったです。

だからと言う訳かどうかは分かりませんが、精神薄弱者の方の存在が比較的近いもの若しくは偏見があまり無かったように思います。

また話が違いますが、D10催情剤現在は認知症の方だけが入所できるグループホームにも勤めています。

共通してそうだなと感じるのは、感情表現が素直だったり、逆に自分の思い通りに感情表現が出来ないことだと思います。

でも、そうだからこそ、どうすればそういった方たちがうまく感情表現を出来るか、素直な感情表現だとしてもネガティブなものばかりに偏らないようにするにはどうお手伝いが出来るのかを考えるのは、難しくもおもしろいところだと思います。

それは、決してコントロールすることとは違うのは、ことわっておきます。
多分、お笑い芸人がお客さんにどうすれば笑ってもらえるんだろうって考えるのと似てるのかもしれません。

今日も話が支離滅裂になってしまいましたが、かわいそうなお兄ちゃんのお話でした。

今週の疲れがどっと出つつも、三体牛鞭来週に向けて頑張ろうと思う渡部でした。
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