ということになってい

「では、そっちはおれたちが押さえる」アラスがスパーホークに言った。
「アダスはおれに任せるって言ったのを忘れるなよ」カルテンが念を押す。
「できるだけ取っておくようにするよ」
 一行は断固とした足取りで、松明に照らされた戸口へ向かった。扉の前でしばらく様子をうかがい、一気に突入する。アラスとティニアンは正面扉に駆け寄った。騎士たちが玉座の間に飛びこむと、驚きと警戒の声が上がった。オサの衛兵たちは混乱して口々に勝手な指示を叫んだが、一人の将校が他を圧する大声でおさまりをつけた。「皇帝を守れ!」
 鎧を着けて壁ぎわに並んでいた衛兵たちが、ドアの前の仲間を置き去りにして玉座に駆けつけ、槍を構えてオサを守った。カルテンとベヴィエは調理場に通じるドアの前の衛兵二人を無造作に斬り捨て、正面扉に駆け寄ったアラスとティニアンは、懸命に扉を開けて応援を呼ぼうとしていた衛兵をそれぞれ一撃で打ち倒した。アラスが巨大な背中を扉に押しつけて開かないようにしているあいだ、ティニアンは近くのカーテンの陰を探って、閂になるようなものを探した。
 ベリットはスパーホークの横を駆け抜けて部屋に飛びこみ、まだ弱々しく動いている衛兵を飛び越え、斧を構えて部屋の奥のドアに向かった。甲冑を着けていても鹿のように俊敏な修練士は、玉座の間の磨き上げられた床を蹴って、オサの寝室に通じるドアを守る二人の衛兵に襲いかかった。繰り出される槍を受け流し、斧を振るって二人をそれぞれ一撃で仕留める。
 スパーホークの背後から硬い金属音が聞こえた。見るとカルテンが重い鉄の棒を扉にかませるところだった。
 アラスが押さえている扉の向こうからは、しきりに何かのぶつかる音がしている。ティニアンも鉄の棒を見つけて、それを把手《とって》にかませた。ベリットもドアを封鎖していた。
「いい手際でした。でもまだオサを捕まえてませんよ」クリクが言った。
 スパーホークは玉座を囲む槍の列を見て、さらにオサその人に目を向けた。タレンが言っていたとおり、過去五世紀にわたって西方諸国の恐怖の的だった人物は、どこにでもいるナメクジのようだった。肌は病的に青白く、髪の毛は一本もない。顔は水脹《みずぶく》れしていて、べっとりと汗をかいているために、まるで粘液にでも覆われているようだ。腹は大きく膨れ上がって前に迫《せ》り出し、そのために腕がまるで萎《しぼ》んでしまっているように見えた。信じられないほど不潔だが、脂じみた手には高価な指輪がいくつも光っている。まるで何かに投げつけられでもしたかのように、オサは玉座に、なかば寝そべるように腰をおろしていた。目はどろんと濁り、四肢や身体は規則的に痙攣《けいれん》している。呪文を破られた衝撃から回復していないのは明らかだった。
 スパーホークは深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、あたりを見まわした。部屋そのものは莫大な金銭を費やして飾りたてられていた。壁には金箔《きんぱく》が押され、柱は真珠母で覆われている。床は磨き上げた黒|瑪瑙《めのう》で、ドアの脇のカーテンは血のように赤いビロード製だ。壁には一定間隔で松明が取りつけられ、玉座の左右には大きな鉄の炉がしつらえられていた。
 そして最後に、スパーホークはマーテルに目をやった。
「やあ、スパーホーク」白髪の戦士が気取った調子で挨拶した。「立ち寄ってくれて嬉しいよ。みんな待っていたんだ」
 その口調はいかにも何気なさそうなものだったが、そこにごくかすかな苛立ちが感じられた。こんなに早くやってくるとは思っていなかったし、いきなり突入してきたことも予想外だったのだろう。マーテルはアニアス、アリッサ、リチアスの三人といっしょに安全な槍の輪の中に立ち、アダスは蹴りと悪罵《あくば》で衛兵たちをけしかけていた。
「近くまで来たものでね」スパーホークは肩をすくめた。「どうしてた。少し旅にやつれたみたいだな。きびしい旅だったのか」
「耐えられないほどじゃなかった」マーテルはセフレーニアのほうに顔を向けた。「小さき母上」その声には前と同じ、どこか悔やむような響きがあった。
 セフレーニアはため息をついて、何も答えない。スパーホークが先を続けた。
「これでどうやら役者がそろったようだな。何度か再会の機会があったのは、本当によかった。おかげでいろいろと記憶を新たにできたよ」そう言ってアニアスに目を向ける。司教がマーテルに従属する立場であることは、もはや明らかだった。「カレロスに留まるべきでしたな、猊下。選挙戦のいちばんいいところを見逃しましたよ。聖議会は、何とドルマントを総大司教の座につけることにしたんです」
 シミュラの司教の顔がいきなり激しい苦悶に歪んだ。「ドルマントだと」と、息を詰まらせたような、打ちのめされた声が響いた。あとになってスパーホークは、アニアス司教への復讐はこの時点で完全に成し遂げられたのだと考えるようになった。今の一言が仇敵に与えた苦悩の激しさは、スパーホークには絶対に理解できないものだった。この瞬間、シミュラの司教の生涯は崩壊し、灰となってしまったのだ。
 スパーホークは容赦しなかった。
「驚いたろう。まさに誰もが考えもしなかった人選だ。カレロスでは多くの人々が、神ご自身の介入があったのだと信じてる。わが妻であるエレニアの女王が――ああ、覚えているかね? 金髪の、なかなか美しい女性だ。あなたが毒を盛った――あの女王が、まさに大司教たちが思い悩んでいるその時に演説をしてね。実際には、ドルマントを示唆したのは女王だったんだ。驚くほど弁の立つ女性だよ。もっとも、一般に信じられているところでは、その演説は霊感に打たれてなされたものだる。何しろドルマントは、全会一致で選出されたのだからね」
「そんなことがあるはずはない! 嘘をついているんだろう、スパーホーク!」
「自分で調べてみればいいだろう。カレロスに戻れば、きっと議事録を調べる時間はたっぷりあるはずだ。誰がおまえを裁判にかけて処刑するかという点で、大論争が巻き起こるのは目に見えているからな。何しろゼモック国境から西では、おまえはありとあらゆる人間をことごとく敵に回しているんだ。しかも全員が全員、何らかの理由でおまえを殺したがってる」
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