なんぞーヒーブレ

お金持ち「ラ?ビ?アン?ローズもそんな感じなの?」
運転手「そのままの意味でいいと思いますよ。バラ色の人生。私のはラ?ビ?アン?グリ、灰色の人生(冗談です)」

同乗者「げらげらげら」

同乗者「運転手さん、一緒に写真撮りましょう」

運転手「バラ色と灰色、混ざっちゃうからご遠慮しときますよ。セ?ラ?ビですね」

などと、この運転手は言っておるが、こやつもお金持ちに負けないぐらいラ?ビ?アン?ローズなのだ。もしかすると、こやつの方が、勝っているような気配まで感じる。以前書いた坂田明の名言を再度記しておこう。

「勝負とは勝ち負けではない」フリージャズメンの名言は奥が深いのである。私は、哄笑ではあるけれど、高尚な人間ではない。でもね、物欲が昔からない。そうなると金銭欲もない。でね、チャンジーになったから食欲も、あんま、ない。でね、チャンジーになったから、お陰様で、性欲も、あんま、ない、から、征服欲もない。そっ、女に翻弄される、なぁーーーんていう、馬鹿オスではない。おっ、そういう意味では、そうとうに高尚だね、お若いの。性欲性欲っ! これから解放されないと、「自由」にはなれんのだっ! ふふふっ。と、ぶっちゃけよ、悟りの境地なのだね。これ、本当だよ。はったりじゃねぇー。

ところで、どうしてこうなったのか? まあ、元々、そういう「体質」なんだろうけれど、それを増長する要素があった。

そう、何度か書いた。私は常磐炭田全盛期のいわき市で幼少期から高校までを過ごした。過ごした地区は、かなり貧しい地区である。正確には、貧しい地区の高台で育った。そう、貧しい地区の相対的な金持ちの息子だった。だから、バイエルなんかを持っていたのだし、ピアノを齧ったのである。そう、すでに、私は「勝ち組の子供として育った」のだろう。そして、だ。「勝ち」ってなんなの? と、十二歳の頃からずっと思っていた。貧しい地区の、なんとも言えない、セ?ラ?ビ感に惹かれた。物凄くタフで人間的で悲しくて、でも、凄く優しくて???、ポジティブじゃないと生きて行けないのだ。私には羨ましい光景だった。ひ弱な神経質なぼんぼんには。

私が敬愛する人物に、どうしてなのか「金持ち」が一人もいない。良くて「普通」である。どちらかと言うと「やや、貧しい」「かなり、貧しい」、こちらの方が多い。たとえば???。

バン?ゴッホ ヘンリ?ミラー 金子光晴 田村隆一 マルセル?デュシャン 深沢七郎 富岡多恵子 吉岡実

金子光晴が、息子にステーキを食わせて、自分は一番安いカレーライスを食べていた。そして、晩年は、「スケベ爺」としてブレイクした。そして、そんなテレビ的ブレイク???、「宇満子」と、女のあそこを、金子さんは書いた。そんな人にテレビ的ブレイクイクに過ぎないことは、金子さんが亡くなった時に、世間は気付いた。

金があってもなくても構わない。我々は、本質を問われている。折角、理知的人間として生まれたのだから。
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