トルネドラ軍団のそ

ポルガラは注意深く花を検分したが、なにがしの薬効があるとは明言しなかったので、王女と友人たちはがっかりした。少し不満を抱きながら、小さな王女は黙って、朝の任務の待つ自分の部屋へ戻った。
 部屋ではブレンディグ大佐が待ちかまえていた。よく考えてみるとブレンディグ大佐は、これまで会った中では一番実際的な人間だわ、とセ?ネドラは思った。かれはどんなささいなことでも見逃すことはできないのだった。そのようなことがらを切り捨ててしまえるのは、かれより無能な人間だった。大佐は、ささいなことがらが積み重なってこそ、大きなものになると信じており、詳細なことまで注意を払う姿には、一種の威厳さえ漂っていた。かれの姿は野営地のいたるところに見られた。かれが目覚めているあいだは、天幕のロープはしっかりと張られ、雑多な機器類はきちんと整頓され、だらしなく開いた兵士たちの胴着にはあわててボタンがかけられた。
「女王さまにおかれましては、遠乗りをお楽しみになられたようでございますね」セ?ネドラが部屋に入ると同時に、大佐は頭を下げ、礼儀ただしく挨拶した。
「ありがとう、ブレンディグ大佐。あなたの女王さまにおかれましては、十分に楽しまれましたことよ」彼女の胸に、突然いたずらっぽい気分が浮かんだ。彼女はかねがねこの謹厳実直なセンダー人を笑わせたいと思っていたのだ。
 ブレンディグの口もとにかすかに笑みが浮かんだが、すぐに真面目な顔に戻ると、中間報告を述べ始めた。「ドラスニアの工兵による、崖上の巻きあげ機の設置作業がほぼ完了いたしましたことを、お伝え申し上げます。あとはチェレク艦隊を引きあげるためのロープに錘をつける作業が残っているだけでございます」
「まあ、すてき」セ?ネドラはいかにも軽薄そうなほほ笑みを浮かべた。彼女はそれが大佐を一番いらだたせることを承知していた。
 ブレンディグのあごがかすかにこわばったが、その顔にはみじんのいらだちも見られなかった。「チェレク軍は船のマストをはずしはじめ、荷上げの準備のために装備をととのえております。また、崖上の要塞建設工事は、数日先の予定まで進んでおります」
「わあ、すごい」セ?ネドラは少女が喜ぶように手をたたいてみせた。
「女王さま、お願いですから」ブレンディグはたしなめた。
「あら、ごめんなさいね。ブレンディグ大佐」セ?ネドラは、かれの手をとると、軽く叩きながらあやまった。「たまたま虫のいどころが悪かっただけなのよ。あなたって本当にほほ笑んだことがないの?」
 かれは真面目な表情でじっと王女を見た。「これでも今、ほほ笑んでいるつもりですよ、女王さま。ところで、トルネドラから客人がお見えです」
「客人ですって。誰かしら?」
「アナディル公爵のヴァラナ将軍です」
「ヴァラナですって? アルガリアに何の用があるのかしら。一人で来ているの?」
「トルネドラの紳士方がおおぜいご一緒です。みなさま私服を召しておられますが、ひととおりの武器はお持ちなようです。何でも私的な参観者として訪問なされたとのことですが。お時間がよろしいときでけっこうですから、ぜひお目にかかりたいとヴァラナ将軍がおっしゃっておいでです」
「もちろん、会いたいわ。すぐにここに来るように伝えて」セ?ネドラは嘘いつわりのない感激をこめて言った。
 セ?ネドラは幼い頃からヴァラナ将軍を知っていた。灰色の目と巻き毛のがっしりした男だったが、左ひざが不自由なために、足を引きずっていた。そしてアナディル家特有のひねくれた、乾いたユーモア感覚の持ち主だった。トルネドラの名門の中でもボルーン家はアナディル家と特に親密だった。両家とも南部の出身で、北の有力な一族相手に対決するようなことがあれば、アナディル家は常にボルーン家側についた。アナディル一族は公爵家にすぎなかったが、家同士で同盟しているとはいえ、大公家のボルーン一族に従属しているようなそぶりはみじんも見せなかった。それどころかアナディル公爵家の存在は、しばしば周囲の有力な一族の穏やかな好奇心をかきたてた。真面目な歴史家や政治家たちは、有能なアナディル家に富がないばかりに、帝国の王座を競り落とすことかできないのは、トルネドラの不幸であるとさえみなしていた。
 待ち切れないようすのセ?ネドラの部屋へ、優雅なものごしで片足を引きずりながら入ってきたヴァラナ将軍は、口もとにかすかな笑みを浮かべ、からかうように片力の眉を上げてみせた。「久しぶりですな、女王さま」将軍は腰をかがめて一礼した。
「ヴァラナおじさま」セ?ネドラはそう叫ぶやいなや、将軍に駆け寄って抱きついた。将軍はセ?ネドラの実のおじというわけではなかったが、彼女はいつも本当の血縁のように思っていた。
「かわいいセ?ネドラや」かれは厚い筋肉質の腕で彼女を抱きしめながら笑った。「おまえは、世界じゅうを転覆させるようなことをやってのけたのだよ。ボルーン家の者がアルガリアのどまん中で、アローン軍を従えて何をやろうと言うのだね」
「ミシュラク?アク?タールを侵略するのよ」セ?ネドラはいたずらっぽく答えた。
「本当かい。いったい何でまた? タール国のゲゼール王がボルーン家を侮辱したとでもいうのかい。そんな話は聞いておらんが」
「これはアローンの問題なの」セ?ネドラは快活な口調で言った。
「そうだったのか。それで合点がいったよ。アローン人がことを起こすのに理由なんぞいらんからな」
「おじさまったら、わたしをからかってるんでしょ」
「もちろんだとも、セ?ネドラ。わがアナディル一族は何千年もの昔からボルーン一族をからかってきたのだからね」
 セ?ネドラは唇をとがらした。「でもこれはとても真面目なことなのよ」
「そうだな」将軍は、不満げに突きだされた彼女の下唇に、無骨な指でそっとふれた。「だからと言って、からかっちゃいけないというわけでもあるまい」
「ひどい人ね」セ?ネドラはあきれたような声を出したが、笑い出さずにはいられなかった。
「そういうおじさまこそ、何しにいらっしゃったの」
「参観だよ」かれは答えた。「将軍は、しばしばそれをやるのさ。おまえは目先の戦争のことしか考えていない。だからわれわれはちょっと立ち寄ってようすを見ておこうと思ったのさ。モリンも勧めていたしね」
「おとうさまの侍従の?」
「かれの職業のことを言ってるのだったら、そうだよ」
「モリンは言わないわ――自分の口から、そんなこと」
「そうかね。これは驚いた」
 セ?ネドラは眉をひそめると、巻き毛の先を無意識にかみ始めた。ヴァラナ将軍は手をのばして、彼女の歯のあいだから巻き毛を抜いた。「おとうさまが言ったんじゃなければ、モリンは絶対にそんなことしないわ」セ?ネドラは考えこみ、再び巻き毛の先を唇に持っていきかけた。
 ヴァラナは彼女の指のあいだから巻き毛を抜き取った。
「そんなことしないで」
「何でだね。わたしはこうやっておまえが指をしゃぶるのをやめさせたのだよ」
「これは違うの。わたしは今考えごとをしているのよ」
「ならば口を閉じて考えなさい」
「これはみんなおとうさまのさしがねでしょ?」
「はて、わたしには皇帝陛下のお考えなど、うかがい知れないが」
「わたしにはわかるわ。それで、あの古狐は何と言ったの」
「とてもお行儀よい言葉とはいえないな」
「おとうさまがここへ来て参観するように言ったの?」
 かれはうなずいた。
「それでちょっとした提言もしろと?」
 将軍は肩をすくめた。「もし聞く者がいればな。わたしはここを非公式に訪問しているのだということを忘れないでほしい。帝国では公式な訪問を禁じているのだ。リヴァの王権に対するおまえの主張は、公式にはトル?ホネスでは認められていないのだ」
 セ?ネドラは長いまつげの下から、将軍に一瞥をくれた。「あなたのその助言だけれど――たとえばあなたが偶然、ばにいて、ちょっとした指揮が必要だった場合、その提言のひとつが『進軍せよ』という言葉だということもあり得るのかしら」
「そういう事態も、あり得るな」将軍は重々しく言った。
「だから他の将校や武官たちを連れてきたのね?」
「まあ何人かは、そういう役目をする者もいるだろうな」将軍の目が、おかしさをこらえ切れないと言いたげに、きらりと光った。
 セ?ネドラが髪をつまむと、ヴァラナ将軍は再びそれを彼女の手からどけた。
「ドラスニアのローダー王に会ってみたくない?」
「お目にかかれれば光栄だね」
「それならば、行ってらっしゃればいいじゃないの」
「なぜ、一緒にと言ってくれないのかね」

としなかったからな

「じっさい、恐ろしいのだ」ベルガラスは答えた。「だが十分注意していけば、無事に通り抜けることができるさ」
「かれらはトラクの味方なのかい」
「モリンド人は誰の味方にもつかない。連中はわ腦部發展れわれとは違う世界に住んでおるからな」
「よく意味がわからないけれど」
「モリンド人はかつてのウルゴ人と同じようなものだ――ウルがかれらを受け入れる前のな。かれらは神を持たないいくつもの集団に分かれている。そしてさまざまの地に散らばって放浪しているのだ。ウルゴ人は西へ行き、モリンド人は北へ来た。南と東に向かった集団はいつの間にか姿を消した」
「何で元いた場所にそのままいなかったんだろう」
「そうしたくとも、できなかったのさ。神の意志にはある種の強制力があるのだ。ともかくウルゴ人はかれらの神を見い腦部發展だした。だがモリンド人は見いだせなかった。かれらが別れて暮らさねばならない強制力はまだ続いているのだ。連中は北の山地を越えたところにある、樹木一本ない不毛の地に住んでいる。住民のほとんどは移動生活を送る小集団だ」
「ぼくたちと同じ世界に住んでいないというのは、どういう意味なんだい」
「モリンド人にとってこの世界は、たいそう恐ろしい、悪霊にとりつかれた場所なのだ。人々は悪魔を崇拝し、現実よりも夢の世界に住んでいる。かれらの社会は夢想家や魔法使いによって支配されているのだ」
「でも悪魔なんて本当にいやしないんだ腦部發展ろう」ガリオンは疑わしそうにたずねた。
「いいや、とんでもない。悪魔はじっさいにおるのだよ」
「いったいそいつらはどこから来たんだろう」
 ベルガラスは肩をすくめた。「そこまではわしも知らん。だが連中はじっさいに存在することだけは確かなんだ。それもとてつもなく邪悪だということもな。モリンド人は魔法の力でやつらをおさめているのだ」
「魔法だって? それはぼくたちが使うのとは違うのかい」
「少しばかりな。われわれは魔術師だ――少なくとも人々はそう呼びならわしている。われわれが術を行なうときには、〈意志〉と〈言葉〉を用いるが、それだけとは限らんのだよ」
「よく意味がわからないな」
「なあに、それほど複雑なことではないのだよ、ガリオン。ものごとの正常な秩序を変更するにはさまざまな方法があるのだ。あのヴォルダイは魔女だ。彼女が術を行なうときは、精霊を使う――ほとんどは温和な精霊で、たまにいたずらもするが、人に害をおよぼすほどではない。それに対して魔法使いが使うのは悪魔、すなわち邪悪な精霊なのさ」
「そんなに危険なのかい」
 ベルガラスはうなずいた。「非常に危険なのだ」老人は言った。「魔法使いは呪文で悪霊を支配する――儀礼文やまじないや象徴や秘図とかいったものを使ってな。術を行なう者が使用法を誤らない限り、悪霊は完全にかれの奴隷となって、その意のままに動かねばならない。だが邪悪な悪霊とて本来、人の奴隷になることを望んではいないのだから、常にその呪文を破るすきを狙っているわけだ」
「もし呪文が破られたらどうなるの?」
「たちまち術者は頭からむさぼり食われてしまうのさ。必ずしもめずらしいことではない。精神集中がわきにそれたり、強すぎる悪霊を呼び出してしまったりすると、惨事になりかねないのだ」
「さっきベルディンのやつが、あなたがあまり魔術を得意としないようなことを言ってましたが、あれはどういう意味なんです」シルクがたずねた。
「それほど気を入れて魔術を学ぼう」と老魔術師は答えた。「わしにはそれにかわる方法があるし、魔術は危険が多いうえにあまり当てにならないものでな」
「ならば、使わないで下さいよ」シルクが言った。
「はなから使うつもりはない。モリンド人が他の諸国と間を置いていられるのも、この魔術に対する脅威からなのだ。じっさい、他国がかれらと戦ったという話はきわめて少ない」
「その理由はよくわかりますよ」
「いったん北の山中に入ったら、われわれも変装をしよう。モリンド人を遠ざける印や象徴はごまんとあるのだ」
「そいつはたのもしいかぎりだ」
「むろんそこへ行くことが先決だがな」老人は指摘した。「少し先を急ぐことにしよう。まだまだ目的地は遠いからな」そう言って老人は馬を疾駆させた。

は歩きながらポルおば

「重大問題なんですよ」ダーニクは言った。「とっくみあったとか、二、三発殴りあったとかいうならまだしも、武器をとったんです」
「そんな時間はないのだ」ウルフは壁の掛け釘から馬具の皮紐をはずして言った。「この男の両手をうしろでしばってくれ。そして穀物小屋にでも入れておこう。朝になればだれかが見つけるだろうさ」
 ダーニクはまじまじとウルフを見た。
「わしを信用するんだ、ダーニク。事態は一刻を争う。こいつをしばってどこかに隠してくれ。それがすんだら台所へきてほしい。おいで、ガリオン」ウルフはくるりと背を向けて厩の外に出た。
 二人が戻ったとき、ポルおばさんはそわそわと台所を行きつ戻りつしていた。「それで?」
「出ていこうとしていたよ」ウルフは言った。「わしたちがくいとめた」
「もしや――」おばさんの言葉が宙にういた。
「いいや。やつは剣をぬいたが、たまたま近くにきあわせたダーニクがやっつけた。いいタイミングだった。ここにいるあんたのいたずら小僧がもうちょっとでつっかかっていくところだったんだ。あの短剣はみごとなものだが剣の前ではいちころだろうね」
 ポルおばさんは目をつりあげてガリオンのほうを向いた。ガリオンはぬけめなくおばさんの手が届かないところまであとずさった。
「その子を叱っている暇はないぞ」ウルフは台所におきざりにしていったジョッキをつかんだ。
「ブリルはアンガラクの上等の純金を財布いっぱい持っていた。目立たずに出発したいと思っていたが、すでに見張られていたのだから今さらこそこそしても意味がない。おまえとその子に必要なものをまとめるんだ。ブリルが自由になるまでに、やつとのあいだに数リーグは差をつけておきたい。行き先ごとにふり返ってマーゴ人の気配を確かめるのはまっぴらだ」
 ちょうど台所にはいってきたダーニクが、つっ立ってまじまじとかれらを見つめた。「ここでは物事は見かけとちがうらしい」かれは言った。「あなたがたはいったいどういう人たちなんです。それに、そういう危険な敵がいるとはどういうことですか?」
「話せば長いことなんだ、ダーニク」ウルフは言った。「だがあいにく今は話している暇はない。ファルドーにわしらにかわって謝まっておいてくれ。それからブリルを一日かそこらひきとめておいてもらえんだろうか。やつやその仲間にかぎつけられぬうちに、われわれの足跡を消してしまいたいのだ」
 ダーニクはゆっくり言った。「だれかがそれをしなけりゃならないのなら引き受けましょう。どういうことかよくわからないが、危険がつきまとっているのだけは確かなようだ。どうやらわたしもいっしょに行くしかなさそうですよ――少なくともあなたがたを無事ここから連れだすまでは」
 ポルおばさんが突然笑いだした。「ダーニク、あなたが? わたしたちを守るというの?」
 ダーニクは背すじを伸ばした。「お言葉だが、マダム?ポル、護衛もなしであなたを行かせるわけにはいきません」
「行かせるわけにはいかないですって?」彼女は信じられぬように言った。
「よかろう」ウルフがいたずらっぽい顔で言った。
「気でもちがったの?」ポルおばさんは老人に向き直ってつめよった。
「ダーニクが役に立つ男であるのはさっき証明されたばかりだ。他に取り得はなくとも、道中わしの話し相手になってくれる。あんたは年ごとにこうるさくなってきたし、百リーグかそれ以上の道のりを連れの悪口ばかり言って過ごすのは、わしとしてもぞっとせんからな、ポル」
「とうとうもうろくしたわね、老いぼれ狼」彼女は苦々しげに言った。
「まさしくそういうことだよ、わしが言わんとしたのは」ウルフはけろりとして答えた。「さあ、必要なものをまとめて出発しよう。夜はたちまち明ける」
 ポルおばさんは一瞬ウルフをにらみつけてから、足音高く台所を出ていった。
「わたしも手回り品をとってこなくては」ダーニクがきびすを返して、突風の吹きすさぶ夜の中へ姿を消した。
 ガリオンの頭の中は渦まいていた。いろいろなことがものすごいスピードで次々に起き、ついていけなかった。
「こわいか、ぼうや?」ウルフが訊いた。
「ううん――」ガリオンは言った。「わからないだけだよ。何がなんだかさっぱりわからない」
「そのうちわかってくるさ、ガリオン。さしあたってはわからないほうがいいかもしれん。われわれがしていることには危険がつきまとうが、危険といったって、そう大層なものではない。おまえのおばさんとわしとで――それにもちろん善人のダーニクも――おまえに危害がおよばぬように気をつけてやる。さ、食料室で手伝ってくれ」ウルフはランタンを持って食料貯蔵室にはいると、パンのかたまりやハム、丸い黄色いチーズ、ワインの瓶数本を掛け釘からはずした袋につめこみはじめた。
 ガリオンに正確な判断がつくかぎりでは、かれらが静かに台所を出て暗い中庭を横ぎったのは真夜中近かった。ダーニクが勢いよくあけた門のかすかなきしみがやけに大きく聞こえた。
 門をくぐりぬけるとき、ガリオンは一瞬胸がしめつけられる思いがした。ファルドー農園はかれが知っている唯一のわが家だった。そこを今、もしかすると永遠に、出ていこうとしている。そういうことには大きな意味があった。ズブレットを想って、かれの胸はいっそう痛んだ。ドルーンとズブレットが一緒に干草小屋にいる姿が思いうかぶと、一切をとりやめたい衝動にかられたが、今となっては手遅れだった。
 農園の複合建築物の保護林を抜けると、冷たい烈風が吹いてきてガリオンのマントをはためかせた。厚い雲が月を隠し、道路は周囲の畑よりわずかに明るいだけだった。ガリオンさんにもう少しすりよった。
 丘の頂上までくると、かれは立ちどまってちらりとうしろをふり返った。ファルドー農園は後方の谷に沈む青白いかすかなにじみでしかなかった。名残りおしげにガリオンはそれに背を向けた。前方の谷は黒々として、道路さえ一行の前にたちはだかる闇にとけこんでいた。

的に後ろのギアー

送る言葉が見付からない。アブドゥーラの葬儀。私のジャズ師匠、沖至のトランペットとアメリカ人のサックス奏者とのデュオの超絶的な美しさが脳裏を過る。あまりに美し過ぎて、涙が出てSCOTT 咖啡機こない。生きている側への激昂なのだと思う。

送る側にいる私たちへの。
送る側がいる限り、去り行く人々は私たちの脳内で生きている。
と、頭脳内で解釈をしようとはする。けれど、とても寂しい。しかし、芸術家、芸能家???、競馬馬と私は理解している。走れなくなった時が終焉なのだ。センチメントとは別の世界にいるこ推拿とは、始める前に理解している。

私は、テロで亡くなった方々、アブドゥーラ、そして彼へ、密かに、自宅で追悼の曲を弾いた。
時は文政十八年。江戸時代のどこかのような気もするが、そんなことはどうでもいい。調べる気力がない。その頃、といい加減な描写で続けるが、賭場はご法度であった。とはいえ、人間様の常。常ちゃん。ご法度系は、永遠に続くのだ。線路は続くよを歌うとRF射頻気持ちがいいのだ。えっ?

時は文政十八年。田和気町。この一角、たぶん、今の世田谷辺りと思われる。ここに、堂々と賭場があったのである。なぜに、このご法度賭場がどばっとあったのか? 以下、ご説明致そう。

「さぁーーーっ、はったはったっぁーーー、丁半っ」

江戸ナンバーワンと呼ばれる壷振り。壷田振男。あーーー、めどうだねぇー、登場人物の名前ねぇー。

「さぁーーーっ、入りますっ、サイコロ二つっ」

おっ、よっ!

ばしっ、壷が開く。二つのサイコロは球形なのだ。

あっはははははぁーーー、また、負けたぁーーーと皆騒ぐ。といいつつ、皆、掛け金を手元に戻す。胴元の久保野御爺は、うたたねをしているのかと思ったら、ゾッキ本の老いわけの恋を読みながら、涙していた。取り締まる側の奉行所の連中まで、やあやあと入って来る。酒を飲みつつ、この光景が続くのである。

「さっ、今晩の司会を承りました玉置狭司でございます。本日は、舶来物ぉーーー、裕一茶三重奏団っーーー! 琴、裕一茶、琵琶、折琵琶、太鼓、佐藤真之介ぇーーー。即興楽曲ぅっーーー」。
トミタ自動車が社運を掛けて開発した三人乗り世界戦略車「メビウス」。開発の基本コンセプトは「いつでも前進」である。ご説明致そう。

つまり、前後左右が対称形なのである。エンジンも前後に付いている。ハンドルも前後の真ん中。そう、そもそも、前後がないのだ。運転手は三席の真ん中。オートマをバックに入れると、ハンドルが引っ込み座席がくるっと回る。後ろ側からハンドル。自動が前進に入っている。後進、バックする作業がなくなる。常に、運転手、乗客は進行方向を向いていることになる。

車庫入れ。車庫の前に車を付ける。全員、くるっ。バックをするのではなく、全員進行方向。そのまま前進する。後方視界だのの問題はなくなるし、初心者でも操作がし易いのだ。たとえば、細い山道で道を間違える。ユーターンをする道幅がない。そのままくるっ、そのまま前進。わっ、モンサンミッシェルのナベットバスと同じシステムなのだ。

ここにパリでの試乗リポートをご紹介致そう。昭和リムジーン社勤務運転手裕伊茶五郎五十六歳。

てはならない

それは文明的な戦闘とはとうてい言えないものだった。クリングの部族の最初の攻撃で、戦場は敵と味方が入り乱れた大混戦に陥った。聖騎士たちは、目の前の醜悪な怪物が痛みを感じないらしいことにすぐに気づいた。もっとも、それがこの生き血管外科醫生物の本来の性質なのか、それとも召喚者から与えられた防御の一種なのかは判然としない。厚い毛皮の下の筋肉はあり得ないほど頑丈だった。剣が跳ね返されるというわけではないが、すぱっと切れないのだ。最高の一撃が決まっても、相手はほんのかすり傷を負うだけだった。
 それでもペロイ族のサーベルはなかなか役に立っていた。鋭い切っ先をすばやく突き立てるほうが、重い大剣《ブロードソード》を大上段から振り下ろすよりもよほど効果的なのだ。厚い毛皮を貫いてしまえば、さしもの怪物も苦痛の悲鳴を上げた。ストラゲンは目を輝かせて毛深い敵の中に馬で躍りこみ、細身剣《レイピア》を閃《ひらめ》かせた。不器用に振りまわされる斧をよけ、石の穂先のついた槍をかわして、毛だらけの身体にやすやすと切っ先を沈める。
「スパーホーク! こいつらの心臓はかなり下のほうだ! 胸じゃなくて、腹を狙え!」
 それでだいぶ簡単になった。聖騎士たちは作戦を変更し、刃で叩き斬るのではなく、剣を腹に突き立てるようにした。ベヴィエもしぶしぶロッホアーバー斧を鞍に戻し、剣を抜いた。クリクもフレイルを捨てて、短い剣を手にした。だがアラスは頑固に斧にこだわっていた。それでも状況のきびしさはわかっているらしく、いつもは片手で血管外科醫生扱う斧を、このときばかりは両手で握っていた。アラスの剛力をもってすれば、頑丈な毛皮も厚い頭蓋骨も、あまり苦にはならないようだった。
 戦況はすっかり変化していた。だが巨体の獣たちはその変化が理解できないらしく、突き出される剣の前に次々と倒されていった。最後に残ったわずかな数の一団は、仲間が全滅しているにもかかわらず、なお戦いをやめようとはしなかった。そこへクリングの一隊が電光のように駆けこんできて、残りをことごとく片付けてしまった。最後まで立っていた一匹は、十ヵ所以上ものサーベルの傷から血を流しながら、顔を上げてあのかん高い遠吠えを上げた。アラスが進み出て鐙《あぶみ》の上に立ち上がり、斧を頭の上から振り下ろした。斧は顎のあたりまでめり込んで、遠吠えはとだえた。
 スパーホークは血のしたたる剣を手にしてふり返ったが、敵はことごとく倒れていた。さらによくあたりを見まわすと、勝利のために多大な犠牲を払ったことがわかった。クリングの手下が十人以上も倒れ――ただ倒れただけではなく、身体をずたずたに引き裂かれていた。ほかにも同じくらいの数の者たちが、血の海の中でうめき声を上げている。
 クリングは草の上に足を組んで座り、死にかけた男の頭を揺すってやっていた。その顔には悲しみがあふれていた。
「残念だ、ドミ」スパーホークが言った。「どのくらいの負傷者が出たか教えてくれ。手当の方法を何か考えよう。きみたちの土地まで、あとどのくらいだと思う?」
「精いっぱいに馬を駆って一日半だ、友スパーホーク。二十リーグに少し欠ける」クリングは死んだばかりの戦士の目をそっと閉じさせた。
 隊列の最後尾では、ベリットが馬上で斧を手にして、タレンとセフレーニアを守っていた。
「終わりましたか」セフレーニアが目をそむけるようにして尋ねた。
「はい」スパーホークは馬を下りた。「あれは何だったんです、小さき母上。トロールのようにも思えますが、アラスは違うと言ってます」
「原始人ですよ、スパーホーク。とても古く、とても難しい呪文です。神々と、スティリクムの魔術師の中でも特別に力の強いほんのわずかな者だけが、時をさかのぼって動物や人間を連れてくることができます。原始人が地上を歩いていたのは、数えきれないほどの時血管外科醫生代をさかのぼった、はるか大昔のことです。わたしたちは、かつてみんなああいう姿をしていました。エレネ人も、スティリクム人も、トロールさえもが」
「人間とトロールが親戚だって言うんですか」騎士は疑わしげに尋ねた。
「とても離れていますけれどね。はるか太古に変化があって、トロールと人間は別々の道を歩みはじめたのです」
「ノームが凍りつかせた時間の中も、思ったほど安全ではないようですね」
「ええ、確かに」
「そろそろまた太陽を動かす潮時でしょう。追ってくる者たちの目は、時間の隙間に逃げこんでもごまかせない。しかもここではスティリクムの魔術が働きません。だったら普通の時間の中にいたほうが安全です」
「わたしもそう思います、スパーホーク」
 スパーホークはベーリオンを小袋から取り出し、ノームを呼び出して呪文を解かせた。
 クリングの手下のペロイ族は、死者と負傷者を運ぶための担架をこしらえていた。ふたたび前進を始めた一行は、鳥がちゃんと飛んでいて、太陽がきちんと動きはじめたのを見て、ほっと安堵のため息をついた。
 翌朝、ペロイの巡邏隊が一行を見つけ、クリングが進み出て友人たちと協議を始めた。戻ってきたとき、その顔はきびしかった。
「ゼモック人は草に火をかけてる。友スパーホーク、悪いがあまり長く付き合えそうにない。牧草地を守らなくし、そのためにはできるだけの人数で、広く分散しなくてはならない」
 ベヴィエが何か思いついた顔でクリングに話しかけた。
「ゼモック人が一ヵ所に集まっていたほうが簡単なのではありませんか、ドミ」
「それはもちろんだ、友ベヴィエ。だがどうしてやつらが一ヵ所に集まる?」
「価値のあるものを奪うためです、友クリング」
 クリングは興味を持ったようだった。「たとえば?」
 ベヴィエが肩をすくめる。
「黄金とか、女とか、家畜とか」