そもろごは

君と話ができなかったせいで、僕はとても辛くて淋しい四月と五月を送った、と僕は緑への手紙に書いた。これほど辛くて淋しい春を体験したのははじめてのことだし、これだったら二月が三nuskin回つづいた方がずっとましだ。今更君にこんなことをいっても始まらないとは思うけれど、新しいヘアスタイルはとてもよく君に似合っている。とても可愛い。今イタリア料理店でアルバイトしていて、コックからおいしいスパゲティーの作り方を習った。そのうちに君に食べさせてあげたい。

僕は毎日大学に通って、週に二回か三回イタリア料理店でアルバイトをし、伊東と本や音楽の話をし、彼からボリスヴィアンを何冊か借りて読み、手紙を書き、「かもめ」と遊び、スパゲティーを作り、庭の手入れをし、直子のことを考えながらマスタペーションをし、沢山の映画を見た。

緑が僕に話しかけてきたのは六月の半ば近くだった。僕と緑はもう二ヶ月も口をきいていなかった。彼女は講義が終ると僕のとなりの席に座って、しばらく頬杖をついて黙っていた。窓の外には雨が降っていた。梅雨どき特有の、風を伴わないまっすぐな雨で、それは何もかもまんぺんなく濡らしていた。他の学生がみんな教室を出ていなくなっても緑はずっとその格好で黙っていた。そしてジーンズの上着のポッケトからマルボロを出してくわえ、マッチを僕の渡した。僕はマッチをすって煙草に火をつけてやった。緑は唇を丸くすぼめて煙を僕の顔にゆっくりと吹きつけた。

「私のヘアスタイル好き」

「すごく良いよ」

「どれくらい良い」と緑が訊いた。

「世界中の森の木が全部倒れるくらい素晴らしいよ」と僕は言った。

「本当にそう思う」

「本当にそう思う」

彼女はしばらく僕の顔を見ていたがやがて右手をさしだした。僕はそれを握った。僕以上に彼女の方がほっとnuskinしたみたいに見えた。緑は煙草の灰を床に落としてからすっと立ち上がった。

「ごはん食べに行きましょう。おなかペコペコ」と緑は言った。

「どこに行く」

「日本橋の高島屋の食堂」

「何でまたわざわざそんなところまで行くの」

「ときどきあそこに行きたくなるのよ、私」

それで我々は地下鉄に乗って日本橋まで行った。朝からずっと雨が降りつづいていたせいか、デパートの中はがらんとしてあまり人影がなかった。店内には雨の匂いが漂い、店員たちもなんとなく手持ち無沙汰な風情だった。我々は地下の食堂に行き、ウィンドの見本を綿密に点検してから二人とも幕の内弁当を食べることにした。昼食どきだったが、食堂もそれほど混んではいなかった。

「デパートの食堂で飯食うなんて久しぶりだね」と僕はデパートの食堂でしかまずお目にかかれないような白くてつるりとした湯のみでお茶を飲みながら言った。

「私好きよ、こういうの」と緑は言った。「なんだか特別なことをしているような気持になるの。たぶん子供のときの記憶のせいね。デパートに連れてってもらうなんてほんのたまにしかなかったから」

「僕はしょっちゅう行ってたような気がするな。お袋がデパート行くの好きだったからさ」

「いいわね」

「べつに良くもないよ。デパートなんか行くの好きじゃないもの」

「そうじゃないわよ。かまわれて育ってよかったわねっていうこと」

「まあ一人っ子だからね」

「大きくなったらデパートの食堂に一人できて食べたいものをいっぱい食べてやろうと思ったの、子供の頃」と緑は言った。「でも空しいものね、一人でこんなところでもん食べたって面白くnuskinもなんともないもの。とくにおいしいというものでもないし、ただっ広くて混んでてうるさいし、空気はわるいし。それでもときどきここに来たくなるのよ」

「このニヶ月淋しかったよ」と僕は言った。

「それ、手紙で読んだわよ」と緑は無表情な声で言った。「とにかくごはん食べましょう。私今それ以外のこと考えられないの」

我々は半円形の弁当箱に入った幕の内弁当をきれいに食べ、吸い物を飲み、お茶を飲んだ。緑は煙草を吸った。煙草を吸い終ると彼女は何も言わずにすっと立ち上がって傘を手にとった。僕も立ち上がって傘を持った。

さんやおま

亥之吉と三吾郎は、木曽の棧、大田の渡しと並んで中山道の三大難所、碓氷峠に差し掛かっていた。難所と言っても若い二人のこと、息切れをするでもなく、談笑しながら難なく越えた。
   「三吾郎はん、この度大江戸一家にで草鞋を脱いだら、もう客人ではおまへんのやで」
   「へい、分かっとります、親分升降桌子分の盃が貰えるように精一杯務めます」
   「堅気になれと言うたとて、あんさんは根っからの渡世人らしおますから我慢が出来まへんやろ」
   「その通りです」
   「大江戸の貸元はんは、五街道一の大親分だす、代貸の卯之吉が足を洗った後釜として、頑張っておくなはれや」
   「へい、ところで卯之吉兄ぃは、どうして足を洗う気になったのです?」
   「妹や、妹がお武家の妻になるかも知れへんから、妹に恥をかかせたくないのやろ」
   「渡世人は恥ですか?」
   「そらそうやろ、ひとつ違えば凶状持ちになって、お上に追われる身になるのやさかい」
   「そうですね」
   「それに、卯之吉には病の母親願景村 退費も居るのや、博打が飯より好きな卯之吉でも、母と妹のためには堅気になるしかなかったのやろな」
   

 江戸の福島屋では、松蔵が三太の言葉に従って亥之吉が帰るのを待っていた。いつまでも福島屋の世話になっては居られない。明日にでも気の向くまま、足の向くまま、宛も果てしもない旅に出ようと心に決めた松蔵であった。
   「そやけど、旦那さんが帰るまで待っていてくれまへんか?」
   「もう、亥之吉さんを斬ることは出来ない、待っていても仕方がないことだ」
   「そうは思いまへん、松蔵さんのことを旦那さんは放っておかへんと思います」
   「命を狙ったこのわしをか?」
   「そうだす」
   「嘘をつけ、小僧が殺られると知っても、小僧のなり手はたくさん居るから構わんと無視する男だと言ったではないか」
   「あれは嘘だす、そんなことをする旦那へん」
   「この野郎、もうお前の言うことは信じないぞ」
   「あれは、松蔵はんの企みを、止めようとしてついた嘘や」
   「亥之吉は、賭場荒らしだ、それk3數學にわしの兄貴分を尽(ことごと)く藩の奉行所に突き出した」
   「だんさんは、博打はしまへん、奉行所に突き出したのも、あんさんの親分に非があるに違いおまへん」
   「突然賭場に乗り込んできて、客を連れ去ったのだぞ」
   「その原因も、旦那さんが戻れば分かることだす、それまでゆっくり骨休めをしていてください」