トルネドラ軍団のそ

ポルガラは注意深く花を検分したが、なにがしの薬効があるとは明言しなかったので、王女と友人たちはがっかりした。少し不満を抱きながら、小さな王女は黙って、朝の任務の待つ自分の部屋へ戻った。
 部屋ではブレンディグ大佐が待ちかまえていた。よく考えてみるとブレンディグ大佐は、これまで会った中では一番実際的な人間だわ、とセ?ネドラは思った。かれはどんなささいなことでも見逃すことはできないのだった。そのようなことがらを切り捨ててしまえるのは、かれより無能な人間だった。大佐は、ささいなことがらが積み重なってこそ、大きなものになると信じており、詳細なことまで注意を払う姿には、一種の威厳さえ漂っていた。かれの姿は野営地のいたるところに見られた。かれが目覚めているあいだは、天幕のロープはしっかりと張られ、雑多な機器類はきちんと整頓され、だらしなく開いた兵士たちの胴着にはあわててボタンがかけられた。
「女王さまにおかれましては、遠乗りをお楽しみになられたようでございますね」セ?ネドラが部屋に入ると同時に、大佐は頭を下げ、礼儀ただしく挨拶した。
「ありがとう、ブレンディグ大佐。あなたの女王さまにおかれましては、十分に楽しまれましたことよ」彼女の胸に、突然いたずらっぽい気分が浮かんだ。彼女はかねがねこの謹厳実直なセンダー人を笑わせたいと思っていたのだ。
 ブレンディグの口もとにかすかに笑みが浮かんだが、すぐに真面目な顔に戻ると、中間報告を述べ始めた。「ドラスニアの工兵による、崖上の巻きあげ機の設置作業がほぼ完了いたしましたことを、お伝え申し上げます。あとはチェレク艦隊を引きあげるためのロープに錘をつける作業が残っているだけでございます」
「まあ、すてき」セ?ネドラはいかにも軽薄そうなほほ笑みを浮かべた。彼女はそれが大佐を一番いらだたせることを承知していた。
 ブレンディグのあごがかすかにこわばったが、その顔にはみじんのいらだちも見られなかった。「チェレク軍は船のマストをはずしはじめ、荷上げの準備のために装備をととのえております。また、崖上の要塞建設工事は、数日先の予定まで進んでおります」
「わあ、すごい」セ?ネドラは少女が喜ぶように手をたたいてみせた。
「女王さま、お願いですから」ブレンディグはたしなめた。
「あら、ごめんなさいね。ブレンディグ大佐」セ?ネドラは、かれの手をとると、軽く叩きながらあやまった。「たまたま虫のいどころが悪かっただけなのよ。あなたって本当にほほ笑んだことがないの?」
 かれは真面目な表情でじっと王女を見た。「これでも今、ほほ笑んでいるつもりですよ、女王さま。ところで、トルネドラから客人がお見えです」
「客人ですって。誰かしら?」
「アナディル公爵のヴァラナ将軍です」
「ヴァラナですって? アルガリアに何の用があるのかしら。一人で来ているの?」
「トルネドラの紳士方がおおぜいご一緒です。みなさま私服を召しておられますが、ひととおりの武器はお持ちなようです。何でも私的な参観者として訪問なされたとのことですが。お時間がよろしいときでけっこうですから、ぜひお目にかかりたいとヴァラナ将軍がおっしゃっておいでです」
「もちろん、会いたいわ。すぐにここに来るように伝えて」セ?ネドラは嘘いつわりのない感激をこめて言った。
 セ?ネドラは幼い頃からヴァラナ将軍を知っていた。灰色の目と巻き毛のがっしりした男だったが、左ひざが不自由なために、足を引きずっていた。そしてアナディル家特有のひねくれた、乾いたユーモア感覚の持ち主だった。トルネドラの名門の中でもボルーン家はアナディル家と特に親密だった。両家とも南部の出身で、北の有力な一族相手に対決するようなことがあれば、アナディル家は常にボルーン家側についた。アナディル一族は公爵家にすぎなかったが、家同士で同盟しているとはいえ、大公家のボルーン一族に従属しているようなそぶりはみじんも見せなかった。それどころかアナディル公爵家の存在は、しばしば周囲の有力な一族の穏やかな好奇心をかきたてた。真面目な歴史家や政治家たちは、有能なアナディル家に富がないばかりに、帝国の王座を競り落とすことかできないのは、トルネドラの不幸であるとさえみなしていた。
 待ち切れないようすのセ?ネドラの部屋へ、優雅なものごしで片足を引きずりながら入ってきたヴァラナ将軍は、口もとにかすかな笑みを浮かべ、からかうように片力の眉を上げてみせた。「久しぶりですな、女王さま」将軍は腰をかがめて一礼した。
「ヴァラナおじさま」セ?ネドラはそう叫ぶやいなや、将軍に駆け寄って抱きついた。将軍はセ?ネドラの実のおじというわけではなかったが、彼女はいつも本当の血縁のように思っていた。
「かわいいセ?ネドラや」かれは厚い筋肉質の腕で彼女を抱きしめながら笑った。「おまえは、世界じゅうを転覆させるようなことをやってのけたのだよ。ボルーン家の者がアルガリアのどまん中で、アローン軍を従えて何をやろうと言うのだね」
「ミシュラク?アク?タールを侵略するのよ」セ?ネドラはいたずらっぽく答えた。
「本当かい。いったい何でまた? タール国のゲゼール王がボルーン家を侮辱したとでもいうのかい。そんな話は聞いておらんが」
「これはアローンの問題なの」セ?ネドラは快活な口調で言った。
「そうだったのか。それで合点がいったよ。アローン人がことを起こすのに理由なんぞいらんからな」
「おじさまったら、わたしをからかってるんでしょ」
「もちろんだとも、セ?ネドラ。わがアナディル一族は何千年もの昔からボルーン一族をからかってきたのだからね」
 セ?ネドラは唇をとがらした。「でもこれはとても真面目なことなのよ」
「そうだな」将軍は、不満げに突きだされた彼女の下唇に、無骨な指でそっとふれた。「だからと言って、からかっちゃいけないというわけでもあるまい」
「ひどい人ね」セ?ネドラはあきれたような声を出したが、笑い出さずにはいられなかった。
「そういうおじさまこそ、何しにいらっしゃったの」
「参観だよ」かれは答えた。「将軍は、しばしばそれをやるのさ。おまえは目先の戦争のことしか考えていない。だからわれわれはちょっと立ち寄ってようすを見ておこうと思ったのさ。モリンも勧めていたしね」
「おとうさまの侍従の?」
「かれの職業のことを言ってるのだったら、そうだよ」
「モリンは言わないわ――自分の口から、そんなこと」
「そうかね。これは驚いた」
 セ?ネドラは眉をひそめると、巻き毛の先を無意識にかみ始めた。ヴァラナ将軍は手をのばして、彼女の歯のあいだから巻き毛を抜いた。「おとうさまが言ったんじゃなければ、モリンは絶対にそんなことしないわ」セ?ネドラは考えこみ、再び巻き毛の先を唇に持っていきかけた。
 ヴァラナは彼女の指のあいだから巻き毛を抜き取った。
「そんなことしないで」
「何でだね。わたしはこうやっておまえが指をしゃぶるのをやめさせたのだよ」
「これは違うの。わたしは今考えごとをしているのよ」
「ならば口を閉じて考えなさい」
「これはみんなおとうさまのさしがねでしょ?」
「はて、わたしには皇帝陛下のお考えなど、うかがい知れないが」
「わたしにはわかるわ。それで、あの古狐は何と言ったの」
「とてもお行儀よい言葉とはいえないな」
「おとうさまがここへ来て参観するように言ったの?」
 かれはうなずいた。
「それでちょっとした提言もしろと?」
 将軍は肩をすくめた。「もし聞く者がいればな。わたしはここを非公式に訪問しているのだということを忘れないでほしい。帝国では公式な訪問を禁じているのだ。リヴァの王権に対するおまえの主張は、公式にはトル?ホネスでは認められていないのだ」
 セ?ネドラは長いまつげの下から、将軍に一瞥をくれた。「あなたのその助言だけれど――たとえばあなたが偶然、ばにいて、ちょっとした指揮が必要だった場合、その提言のひとつが『進軍せよ』という言葉だということもあり得るのかしら」
「そういう事態も、あり得るな」将軍は重々しく言った。
「だから他の将校や武官たちを連れてきたのね?」
「まあ何人かは、そういう役目をする者もいるだろうな」将軍の目が、おかしさをこらえ切れないと言いたげに、きらりと光った。
 セ?ネドラが髪をつまむと、ヴァラナ将軍は再びそれを彼女の手からどけた。
「ドラスニアのローダー王に会ってみたくない?」
「お目にかかれれば光栄だね」
「それならば、行ってらっしゃればいいじゃないの」
「なぜ、一緒にと言ってくれないのかね」
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