た方がよかったんじゃ

女魔術師は天幕のなかを一瞥すると、タイバとアダーラに泣きじゃくる少女と二人だけにしてほしいむねを伝えた。「さあさあ、セ?ネドラ」彼女はベッドに腰かけ、小さな王女をかき抱いた。「いったいどうしたというの」
「レディ?ポルガラ、わたしもう免疫系統これ以上できないわ」セ?ネドラは泣き叫んだ。「もう嫌よ」
「でもこれはそもそもあなたの考えだしたことだったのよ」ポルガラが思いださせるように言った。
「わたしが間違ってたわ」セ?ネドラは泣きじゃくった。「わたしが間違ってたのよ! あのままリヴァに残っていればよかったんだわ」
「いいえ、それは違うわ」ポルガ免疫系統ラは言った。「あなたは誰にもできないことをやってのけたのよ。あなたはアレンド人を味方につけてくれたわ。ガリオンだってそこまではできなかったでしょう」
「でもみんな死ぬんだわ!」セ?ネドラは泣きわめいた。
「何だってそんなことを言うの」
「アンガラクの軍隊はわたしたちの二倍もいるのよ。わたしの軍隊は一人残らず殺されてしまうわ」
「誰がそんなことを言ったの」
「わたし――わたし、聞いてしまったの」セ?ネドラはのどもとの護符をまさぐりながら答えた。「ローダーとア免疫系統ンヘグと他の人たちが南マーゴの報告を受けているところを」
「なるほどね」ポルガラが重々しく言った。
「わたしたちはむざむざ死ににいくんですって。誰もわたしたちを助けられないのよ。おまけにわたしは農奴たちまで味方につける方法を見つけたのよ。あの人たちの生活はあまりに惨めなので、ちゃんと食べられさえすればどこへでもついてくるんですって。でもわたしはやるしかないの。かれらの協力を得るということは、かれらを故郷の地から連れだして、わざわざ死地におもむかせることなのよ。もうどうにも止めようがないんだわ」
 ポルガラはかたわらのテーブルからコップを取り上げると、小さな薬瓶の液体をあけた。
「セ?ネドラ、まだ戦争は終わったわけじゃないわ。それどころか始まってさえいないのよ」彼女はそう言いながらコップの底の濃いこはく色の液体をかきまぜた。「わたしはこれまでにももっと不利な戦争が勝つのを見てきたわ。始まる前から悲観していたのでは、どうしようもないでしょう。ローダーはあのとおりの優れた策士だし、あなたの軍隊にはたいそう勇敢な兵士がそろっているわ。むろんわたしたちはどうしても必要なとき以外、むやみに戦いを始めたりはしないわ。その前にガリオンがトラクに出会ってかれを倒すことができれば、アンガラクは総崩れになるでしょうから、まったく戦争をする必要もなくなるのよ。さあ、これをお飲みなさい」そう言いながら彼女はセ?ネドラにコップをさしだした。
 王女はのろのろとコップを受け取り、飲みほした。こはく色の液体は苦く、ぴりっとした不思議な後味を残した。「それじゃ、全部ガリオンの肩にかかっていたのね」
「いつだってかれの肩にかかっていたのよ」ポルガラが言った。
 セ?ネドラはため息をついた。「わたし――」と言いかけて彼女は言葉をとぎらせた。
「なあに、セ?ネドラ」
「ああ、レディ?ポルガラ。わたしはまだガリオンに愛してるって言ってないのよ。一回でもいいから愛してるって言うためなら、わたし何だってするのに」
「かれはちゃんとわかってるわよ、セ?ネドラ」
「でも言葉に出していうのとは違うわ」彼女は再びため息をついた。不思議なけだるさが体をみたし始めていた。彼女は泣くのをやめた。もはや自分が何のために泣いていたのかさえ覚えてはいなかった。突然、彼女は誰かに見つめられているような気がして振り返った。天幕の片すみにエランドが静かに座って彼女を見つめていた。その深い青色の目には心からの慰めと奇妙な希望が入りまじっていた。ポルガラは再び王女を胸に抱きしめるとゆっくり前後に体を揺すりはじめた。彼女はかすかに心をいやすようなメロディーを口ずさんだ。セ?ネドラはいつしか夢も見ずに深い眠りにおちいっていた。
 セ?ネドラの生命を脅かす企てが行なわれたのは翌日の朝のことだった。一行はボー?ワキューンから南に向かい、陽がさんさんとさしこむ〈北の大街道〉の森を進軍していた。王女は軍隊の先頭にたってバラクやマンドラレンとおしゃべりをしていた。突然、森の彼方からぶーんという不吉な音とともに矢が飛んできた。音に気づいたバラクはとっさに警告を発した。
「危ない!」かれは叫ぶと巨大な盾で王女をかばった。次の瞬間、矢が盾に激突した。バラクは罵り声をあげて剣を抜いた。
 だがそれより早くブランドの末子、オルバンが一直線に森の中に突っ込んでいった。若者の顔は死人のように蒼白で、剣はまるでさやから飛び出てきたようにかれの手にあらわれた。疾走する馬のひづめの音が次第に遠くなり、森の中に消えた。しばらくしてから恐ろしい悲鳴が響いた。
 背後から次々に警告の叫び声が起こり、動揺したざわめきが広がった。ポルガラが蒼白な顔をして駆けつけた。
「わたしは大丈夫よ、レディ?ポルガラ」セ?ネドラは急いで言った。「バラクがわたしを助けてくれたの」
「いったい何があったの」ポルガラが聞きただした。
「何者かが王女に矢を射かけたんですよ」バラクが怒ったような口調で答えた。「もしおれが音に気づかなければ大変なことになるところだった」
 レルドリンは折れた矢を拾いあげると、しげしげと観察した。「矢羽がゆるんでいる」そう言いながらかれは指先で羽をなでた。「だからあんな音がしたんだな」
 そこへオルバンが血まみれの剣を掲げたまま馬を走らせてきた。「王妃はご無事か」かれの声はヒステリー寸前だった。
「大丈夫だ」バラクは若者にもの問いたげな視線をおくった。「犯人の正体は?」
「マーゴ人ですね、たぶん」かれは答えた。「ほおに傷あとがありましたから」
「殺したのかい」
 オルバンはうなずいた。「本当に何ともないのですか、女王さま」白っぽい金髪を乱した若者はたいそう若く、真摯に見えた。
「大丈夫よ、オルバン。あなたはとても勇敢な方ね。でもあんなふうに一人で飛び出す前に少し待っなくって。相手は一人とは限らないのよ」
「だったらそいつら全員を殺してやりますよ」オルバンは殺気だった口調で言った。「あなたに指一本でもたてるようなやつがいたら絶対に容赦しません」若者は怒りにわなわな震えていた。
「若きオルバン卿よ、まことに似つかわしき献身ですそ」マンドラレンが言った。