かれの耳を歓喜の凱歌で満た

「ひたすらそれを念じていれば大丈夫さ」
 大方の賛同のもとに、ガリオンとセ?ネドラの結婚式はウルゴのゴリムの手によって行なわれることになった。きゃしゃな聖人はプロルグからセンダリアまで輿で担がれてゆっくりと進み、センダーからはフルラク王専用の馬車に乗り、さらにリヴァまで船で運ばれた。ウルゴの神が神々の父だったという事実は聖職界に大きな衝撃を呼び起こしていた。従来の哲学的考察を記した膨大な書物はまったくの紙屑となりはて、僧侶たちはショックのあまり右往左往しているありさまだった。特に熊神ベラーに仕えるプロデグはそれを聞いたとたん、死んだように失神してしまった。タール?マードゥでの痛手で不具者となり、まだ十分に回復していなかったこの巨人の聖職者は、今回の致命的な一撃を持ちこたえることができなかった。かれがようやく目覚めたとき、その従者たちは高僧の心が子供のそれに退化してしまったことを知った。今やかれは玩具やさまざまな色の遊びひもに囲まれて日々を過ごしていた。
 ガリオンの結婚式はむろん〈リヴァ王の広間〉で行なわれることになっており、すでにほとんどの列席者たちが集まっていた。ローダー王は深紅色、アンヘグ王は青色、フルラク王は茶色、そしてチョ?ハグ王はアルガーの諸氏族の伝統にのっとって黒をまとっていた。末息子の戦死以来、ますますその表情がいかめしくなった〈リヴァの番人〉は、リヴァ特有の灰色の衣を身につけていた。王室関係の賓客はそれだけではなかった。黄金色のマントをつけたラン?ボルーン二十三世は異様なまでに陽気で、頭をそった宦官のサディと何やら談笑しあっていた。不思議なことにこの二人はすっかり意気投合したようすだった。西の諸国の新情勢がもたらす可能性が両者をひきつけ、何らかの了解をもたらしたようだった。コロダリン王は青紫色の衣をまとって他の諸王らと一緒にいたが、あまり口を開くことはなかった。タール?マードゥの戦いで受けた頭の傷がもとで聴力に異常をきたしたアレンディアの若い王は、あきらかに居心地の悪い思いをしているようだった。
 王族たちの集う中央にガール?オグ?ナドラクのドロスタ?レク?タン王の姿があった。王はおよそ似合わない奇妙な黄色の胴衣を身につけていた。ひょろ長い神経質なナドラク王は、わめき散らすようにしゃべり、笑うたびに金切り声をあげた。ドロスタ王はその午後だけで多くの申し合わせを行なったようだった。そのなかのいくつかは、かれが特に強く望んだものだった。
 むろんリヴァ王ベルガリオンはかれらの談笑に加わることはなかった。だがこれはむしろかれにとっては幸いだったかもしれない。それというのもリヴァ王の精神状態はいささか普通ではなかったからである。上から下まで青ずくめの格好をしたガリオンは、控え室でうろうろと歩きまわっていた。かれとレルドリンは二人を大広間に召喚するファンファーレを今か今かと待ち受けていたのである。「さっさと終わってくれればいいのに」ガリオンがその言葉を発するのはこれで六回目だった。
「いいから、落ちつきたまえ、ガリオン」レルドリンもまた同じ慰め言葉を繰り返していた。
「いったいみんな、何をやっているんだ」
「たぶん、王女の支度が整うまで待っているんだろう。何といってもこういった場所では花嫁の方が主役だからね。結婚式とはそういうものさ」
「きみは本当に幸運な男だよ。きみとアリアナは駆け落ちして、こんな騒ぎを味わわずにすんだのだから」
 レルドリンは悲しげに笑った。「それがそうもいかないんだよ、ガリオン。われわれは単にそれを延期しただけのことさ。ここでの結婚準備の騒ぎにアリアナもすっかり感化を受けてしまってね。アレンディアに戻りしだい、ちゃんとした式をあげたいと言い出したのさ」
「まったく何で女性は結婚式というものに影響を受けるんだろうね」
「さあね」レルドリンは肩をすくめてみせた。「女心というのは不思議なものさ。きみもすぐにわかるだろうがね」
 ガリオンはむっつりと友人をにらみ、再び王冠の位置をなおした。「とにかくさっさと終わってくれればいいのに」かれは同じ言葉を繰り返した。
 ファンファーレが〈リヴァ王の広間〉いっぱいに響きわたると同時にドアが開いた。ガリオンははた目から見てもわかるほど震える手で、王冠を再度なおすと、かれの花嫁となる女性に会うために一歩を踏み出した。まわりにいるのは見知った顔ばかりだというのに、ガリオンのぼうっとした目はほとんど見分けがつかなかった。かれとレルドリンは火穴で燃えさかる泥炭の炎のわきをとおり、玉座に向かって歩いていった。玉座の壁には再びかれの巨大な剣がかかり、そのつか[#「つか」に傍点]頭には〈アルダーの珠〉が輝いていた。
 装飾用の垂れ布や旗が広間を飾り、あたり一面は春の花の香りに満ちあふれていた。絹やサテンや色とりどりのブロケードなどをまとった列席者がいっせいに花婿の姿を見ようと身をよじる姿はそれだけで春の花園のようにきらびやかだった。
 玉座の前で二人を待ち受けているのは、穏やかな顔にほほ笑みを浮かべたウルゴのゴリムだった。「おめでとう、ガリオン」ゴリムは玉座へ続く階段をのぼり始めたガリオンに呼びかけた。
「ありがとうございます、聖なるゴリム」ガリオンは不安げなおももちで身をかがめた。
「落ちつきなさい、わが息子よ」ガリオンの震える手に気づいたゴリムが忠告した。
「自分でもそうしているつもりなんです、聖なるお方よ」
 すると真鍮のホルンが再びファンファーレを轟かせた。そして広間のドアがさっと大きく開かれた。帝国の王女セ?ネドラが真珠をちりばめたクリーム色の花嫁衣装をまとい、いとこのゼラにつき添われて立っていた。彼女は驚くほど美しかった。燃えるような髪をガウンの肩に波打たせ、お気にいりの極彩色の入った黄金色の頭飾りをはめていた。その顔には取り澄ましたような表情が浮かび、かすかに頬を赤く染めていた。彼女は終始目を伏せていたが、何かの拍子で二人の目があった瞬間、ガリオンは長いまつ毛の下の瞳がいたずらっぽくきらめくのを見た。そのとたんかれは彼女の取り澄ました表情が作り物であることを確信した。彼女は列席者に自分の美しさを存分に鑑賞させるためにしばらく立ち止まった後、滝のように流れ落ちる優しいハープの調べとともに、がたがた震える花婿に向かって通路を進んできた。バラクの二人の幼い娘たちが、花嫁のすぐ前を歩いて、通路に花をまき散らすのを見たガリオンはいささかやりすぎではないかと思った。
 台座の前に近づいたセ?ネドラは、衝動的ともいえる動作で優しいゴリムのほおにキスすると、ガリオンのかたわらに座った。彼女の体から花のようなよい匂いが漂ってきた。どういうわけかガリオンはそれを嗅いだとたん、ひざが震え出した。
 ゴリムが列席者を前にして話しはじめた。「今日ここにお集まりいただいたのは、ひとえにわれわれをいくたの恐るべき危険から救い、この幸せな日へと導いてきた〈予言〉の最後の部分が明らかになるのをご一緒に目撃するためであります。かつて語られたとおり、リヴァ王の帰還は果たされました。かれはいにしえの仇敵と対決し、勝利をおさめたのです。今、かれの横で美しく光輝いておりますのがその褒賞であります」
 褒賞だって? かれは今まで一度もそんなふうに考えたことはなかった。かれはゴリムの声を聞きながら、そのことについて思い巡らしたが、たいした助けにはならなかった。そのとたん、かれは脇腹を小突かれた。
「ちゃんと聞いてらっしゃいよ」セ?ネドラが小声で注意した。
 それからすぐに式は質問と答えのやりとりにうつった。ガリオンの声はかすかにしわがれていたが、それは当然のことと言えた。だがセ?ネドラの声はよどみなくしっかりしていた。せめて不安そうなふりをすることくらいできないのだろうかとガリオンは思わずにいられなかった。
 二人が交換する指輪を載せた小さなビロードのクッションをエランドが運んできた。子供は真剣に自分の務めを果たしていたようだが、その小さな顔にさえかすかにおもしろがっているような表情が浮かんでいた。ガリオンは心ひそかに憤慨した。まったく誰もかれもがかれをこっそり笑っているのではないか?
 結婚式はゴリムの祝福で終わったが、ガリオンの耳にはまったく入らなかった。かれが祝福を受けているあいだ、〈アルダーの珠〉が耐えがたい押しつけがましさで、し独自の祝福をしていたのである。
 セ?ネドラがかれの方を向いた。「さあ、早く」彼女は小声でうながした。
「何をするんだい?」かれもまた小声で聞き返した。
「わたしにキスしてくれないの?」
「ここで? こんな公衆の面前でやれというのかい」
「それが習慣なのよ」
「馬鹿げた習慣だ」
「いいから、早くやってちょうだい、ガリオン」彼女ははげますような暖かい微笑を送った。